サッカーの話をしよう
No.670 ボールのデザインをシンプルに
1923年6月のある土曜日、ブラジルのサンパウロでひとつの試合が行われた。
電力会社のグラウンドでのアマチュアの試合。照明設備があったが、その日は電圧が低かったのか、非常に暗く、ボールが見づらかった。そこで選手たちは試合を中断し、中止すべきかと相談した。
「いや、なんとかなるよ」
そう言ったのは電力会社チームのセベリーノという名の青年だった。彼はどこからかペンキを持ち出してくると、ボールを白く塗り始めた。グラウンドに出すと、白いボールはよく見え、選手たちは無事試合をすることができた。これが「カラーボール」の最初だと言われている。
1960年代まで、サッカーボールの色は、基本的に素材である馬などの皮革の色をそのまま生かした茶系統だった。例外的に夜間の試合用としてセベリーノ青年発案の白くコーティングしたボールも使われたが、いずれにしても単色だった。
そこにドイツで考案された「白黒ボール」が登場する。それまでの12枚あるいは18枚のパネルを縫い合わせたものから、12枚の黒い正五角形と20枚の白い正六角形の組み合わせにしたボールは、そのデザインの美しさだけでなく、より安定した球形が保てるため、その後、サッカーボールの標準となった。
白黒ボールのデザインにはパテントもなく、世界中で何百万個も作られ、愛された。いまでも、サッカーのシンボルとして白黒ボールが使われることは少なくない。
しかし1978年のワールドカップ・アルゼンチン大会で新デザインのボールが使用されてから思いがけない方向に進みはじめた。ボールを提供したアディダス社が「タンゴ」と名付けたボールのデザインを意匠登録し、他社が使えないようにしたのだ。ボールメーカーが競って独自のデザインのボールをつくり、販売するようになったのは、それ以降のことである。
そして今日、ボールの人工皮革化とともに、デザインも色も千差万別。ルールでは、ボールの規格は外周(68〜70センチ)、重さ(410〜450グラム、そして空気圧(0・6〜1・1気圧)しか定められていない。国際サッカー連盟(FIFA)は公式戦で使用できるボールを検定しているが、デザインや色に関してはまったく自由だ。
その結果、非常に見づらいボール、回転によって奇妙な見え方をするボールがまかり通っている。慣れないデザインのボールを使って感覚が狂い、その影響でミスが生まれることも珍しくない。
ボールのデザインはよりシンプルでなければならない。FIFAはデザインと色の規格を設け、どのメーカーもそれを使えるようにするべきだ。ボールは、メーカーの販売戦略のためではなく、プレーヤーがより良いプレーをするために作られなければならない。なんとか試合をしたい一心で白く塗ったセベリーノ青年が現在の状況を見たらどう思うだろうか。
(2007年10月24日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。