サッカーの話をしよう
No.676 間違いを繰り返してはならない
「選手にはミスを犯す権利がある」
日本代表のイビチャ・オシム監督は、私たちメディアによくこんな話をした。
勝利をつかむために、選手はリスクを覚悟でチャレンジする。そしてときには失敗する。それは「サッカー」というゲームの一部だ。メディアが「ミスをした」と攻撃するのはフェアではない----。
ただし、彼はこう付け加えるのも忘れなかった。
「同じミスを繰り返したら、チームから外される」
11月中旬に病魔に倒れ、短期間での復帰が難しいと判断されたオシム監督に代わる新監督の候補を、日本サッカー協会は岡田武史氏に一本化したという。それが明らかになった日、岡田氏の自宅に数多くのメディアがかけつけ、帰宅する岡田氏を待ち受けた。
「またあの過ちを繰り返すのか...」。そう思わずにはいられなかった。
94年秋、日本代表監督に就任した加茂周氏の要請で岡田氏は日本代表のコーチとなった。そして3年後の97年秋、ワールドカップ・アジア予選の最中に、日本から遠く離れたカザフスタンのアルマトイで、岡田氏は突然、監督に押し上げられた。
苦境に陥った日本代表を立て直し、イランとのプレーオフを制して日本に初めてのワールドカップ出場をもたらし、そして翌年、フランスで開催された大会への準備を進めるなかで、岡田氏を苦しめたのは、家族にかかるプレッシャーの大きさだった。
代表監督である自分の仕事をあれこれ言われるのは仕方がない。しかし家族まで監視され、私生活に影響が出るのに耐え難かったのだ。
フランス大会開幕の直前、最終メンバーの22人を決めるにあたってカズ(三浦知良)を外したことで、岡田氏はヒステリックなまでのバッシングを受ける。岡田氏は、家族の安全を脅かす脅迫状まで受け取ったという。
今回、ほぼ10年ぶりに代表監督に復帰する話が出たとき、岡田氏をためらわせるものがあったとすれば、この一点だったのではないか。案の定、協会が岡田氏の名前を出したとたん、メディアは大挙岡田氏の自宅に押しかけた。
岡田氏の後を継いだフィリップ・トルシエ氏の時代にも、自宅前に報道陣が張り付くという騒ぎがあった。その後、ジーコ氏、そしてオシム現監督には、メディアとの間で大きなトラブルはなかった。しかしここにきてまた懸念される事態になりつつある。
日本サッカー協会は日本代表監督の公私を明確にし、「私」の部分をしっかりと保護する態勢をつくる必要がある。メディアとの間で明確なルールを築き、岡田氏が安心して仕事に取り組める環境を用意しなければならない。
ほんのわずかな準備期間で、日本代表の新監督はワールドカップ予選に臨まなければならない。困難な仕事に臨む人に、「後顧の憂い」があってはいけない。10年前の過ちを繰り返してはならない。
(2007年12月5日)
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