サッカーの話をしよう
No.682 少年チームの事故に思う
痛ましい事故が起きたのは年末の連休最終日(12月24日)のことだった。茨城県まで練習試合に行った帰りのマイクロバスから埼玉県の少年サッカーチームの小学5年生の少年が転落し、後ろから走ってきたトラックにはねられて死亡したというのだ。
事故が起こったとき、男の子はドアステップの近くでサッカーボールに腰掛け、不安定な状態だったという。マイクロバスを運転していた少年チームのコーチは逮捕され、1月11日にさいたま地裁に「自動車運転過失致死罪」で起訴された。ドアをロックしていなかったこと、車内の動きに注意を怠ったことなどが理由だった。
健康な少年が突然事故で亡くなるというようなことが起こっていいはずがない。ご家族の悲しみ、喪失感は察するに余りある。しかし同時に、この事故は、サッカーに限らず、日本中で少年や少女のスポーツ指導に当たっている人びとに小さくないショックを与えたのではないだろうか。小学生から高校生年代まで、マイクロバスで遠征に出かけているチームは数限りなくあり、そのドライバーの大半がボランティアだからだ。
かつて国見高校(長崎県)を率いて全国を制覇した小嶺忠敏監督は、自らハンドルを握って毎週のように九州や西日本の各地に遠征に出かけたという。選手を鍛え、強くするには、強い相手との試合が不可欠だからだ。
公共交通機関を使うと個々の負担が増える。それだけでなく、乗り換えなどで時間もかかる。学生時代に小学生の指導をしていたとき、ときどき引率があった。たった10数人の少年たちを連れて東京都内での試合に行くにも、混雑した新宿駅などでは乗り遅れがでないように気を配らなければならなかった。
マイクロバスがあれば、安上がりだし、こんな気遣いもいらない。道路もどんどん整備されているので、いまやチーム活動にマイクロバスが不可欠になっているチームも多いのではないだろうか。
今回の事故は、そうした「少年スポーツのあり方」の見直しを求めているようにも思える。マイクロバスを使うのなら、ドライバー以外の引率者同乗など明確な安全基準をつくる必要がある。さらに県外への遠征が小学生のスポーツにふさわしいものであるかも考え直さなければならない。
この事故について、もうひとつ考えたことがある。亡くなった少年に対し、日本サッカー協会から何らかのメッセージがほしいと感じたのだ。
試合中ではないが、サッカーのチームとしての活動中に起こった悲劇である。将来への夢にあふれた少年プレーヤーが命を落としたことに対し、日本サッカー協会は、「サッカーファミリー」として哀悼の意を表してもよかったのではないか。12月29日に行われた天皇杯の準決勝の試合前に黙祷を捧げるようなメッセージの示し方ができていたら、ご子息を亡くされたご両親の心をほんの少しでも慰められたのではないか。
(2008年1月23日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。