サッカーの話をしよう
No.684 スローインを適切に
サッカーのルールの基本的な考え方のひとつに「公平性」がある。対戦する両チームが公平にプレーできることを保証するのがルールなのだ。その観点で、「ロングスロー」について考えてみた。
1993年に日本で開催された「FIFA U−17ワールドカップ」で「キックイン」のテストが行われた。タッチラインからボールが出たとき、サッカーでは手でボールを投げる「スローイン」で試合を再開する。それを足で行うというもの。ゲーム展開の迅速化を狙ったルール改正のためのテストだった。
多くの出場チームは、ボールを拾った選手がタッチライン上にボールを置いて味方にパスを送り、すばやく試合を展開した。しかし日本を含むいくつかのチームは、相手陣でキックインがあると専門のキッカーが出て行ってゴール前にロングパスを送り、長身選手にヘディングで狙わせるという戦法を取った。そのたびに試合が止まり、スピード感を失わせた。結局、ルール改正は見送りとなった。
両手を均等に使ってボールを頭の上を通して投げるスローインは、意外に難しい技術だ。思うように力がはいらないのだ。しかし相手陣深くに攻め込んでスローインを得たとき、もし30メートルを投げる選手がいれば大きな力になる。「キックイン」と同様、コーナーキックに等しいチャンスになるからだ。
多くのチームには「ロングスローのスペシャリスト」がいる。しかしよく観察するとその何割かは「片手投げ」だ。明らかに違反である。
両手でボールを持つのは間違いない。しかし右利きなら右手をボールの真後ろに当て、左手は少し添えるだけにして投げると、正しい投げ方と比較して驚くほど遠くに投げることができる。Jリーグでも、この投げ方で「ロングスローのスペシャリスト」を任じている選手が何人もいる。
ところが、こうした投げ方が違反と判定されることは滅多にない。主審はボールが投げられた先の競り合いに、そして副審は投げた選手の足がラインを越えていないか、両足がグラウンドについているかどうかに気を取られ、両手が均等に使われていないことに気がつかないからだ。
写真は1990年ワールドカップのときに撮ったもの。投げているのはベルギーの名DFゲレツ選手だ。長身選手をそろえたベルギーにとって、ゲレツのロングスローは大きな武器のひとつだった。しかし彼が「片手投げ」だったのは写真でも明らかだ。
多くの選手がルールどおりの投げ方をしているなかで、「片手投げ」がまかり通り、そこからいくつもチャンスが生まれるのは不公平と言わなければならない。ルールの精神にもとる現象である。
ロングスローが行われたとき、レフェリーたちはボールを投げた後の両手の形に気をつけて見てほしい。両手がそろっていなければ、それは「片手投げ」をしたということになる。そうしたスローインをなくし、公平なゲームにしなければならない。
(2008年2月6日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。