サッカーの話をしよう
No.690 選手の情熱を引き出したストイコビッチ
浦和のオジェック監督が解任された。Jリーグ開幕からわずか2節での解任は「最速タイ」だそうだ。浦和としては、手遅れにならないうちにという意図だったのだろう。
連敗の相手は横浜FMと名古屋。チームがばらばらだった浦和と比較し、ともに新監督の下ひとつにまとまり、積極果敢なサッカーを見せた。好調時の浦和でも相当の苦戦が予想される出来だった。浦和がもしエンゲルス新監督の下で調子を取り戻せれば、開幕から連続してこのような状況のチームと当たれたのが逆に大きな幸運だったということになるだろう。
浦和を下した2チームのなかでも、私が強い印象を受けたのは名古屋だった。ピッチ全面で相手にプレスをかけ、球ぎわで粘り強く戦い、ボールを奪うと果敢に攻撃を仕掛けた。アウェーで2-0としても守備に回ることもなく、最後まで同じ姿勢を貫いた。全員がチームのために躍動感あふれるプレーを続け、見ていてすがすがしい思いさえするサッカーだった。
名古屋は過去5シーズン優勝争いに顔を出すことができず、低迷が続いていた。昨年まで2年間指揮をとったフェルフォーセン監督(オランダ)は優秀な指導者で、ポジショニングを重視したベーシックなサッカーを教えたが、成績は低迷したままだった。
昨年末、「次期監督にストイコビッチ」という動きを聞いたとき、正直なところ「末期症状か」と私は思った。言わずと知れたJリーグ史上屈指の天才選手。94年から01年まで名古屋でプレーし、2回の天皇杯優勝をもたらした「ピクシー」の人気にすがるのかと感じたからだ。その不明が恥ずかしい。
「強豪が相手でも守備だけではいけない。選手自身がゲームを楽しみ、美しさを出さなければならない」。「スタメンもベンチもない。チーム全体がひとつの家族のようにまとまらなければならない」
浦和戦後の会見で、ストイコビッチ監督はそんな話をした。天才そのもののプレーと情熱を持て余したような審判との衝突...。選手時代の彼にはそんなイメージがある。しかしその奥底には、サッカーを心から愛し、それゆえに試合を楽しみたいと願い、同時に、見ている人にも心躍るような思いをしてもらいたいという哲学があったのだろう。
守備の柱バヤリッツァの負傷で、この試合の名古屋のDFは平均で22歳にも満たない若さだった。代表クラスを並べた浦和に対し、名古屋の日本代表経験者はGK楢崎、MF中村、FW玉田の3人だけ。そのチームが、浦和に厳しいプレスをかけ、先手を取って動き、自信にあふれた攻守で会心の勝利を収めた。
戦術でも技術でもない。指導者に何より必要なのは、選手たちがもつサッカーへの情熱を引き出し、それをチームの勝利のために結束させることにほかならない。プレーするのは監督ではなく選手だからだ。名古屋のプレーぶりとストイコビッチ監督の話から、そんなことを思った。
(2008年3月19日)
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