サッカーの話をしよう

No.693 英領バージン諸島の不運

 90分間が終わったとき、スコアは2-2だった。第1戦の1-1に続き、2戦2分け。緑と黄色のユニホームに身を包んだ英領バージン諸島のイレブンは「よし、延長だ」と闘志をみなぎらせた。だがその延長戦が行われることはなかった...。
 ワールドカップ2010年南アフリカ大会の北中米カリブ海地区1次予選。英領バージン諸島の相手はバハマ。ホームアンドアウェーの2試合を突破すれば2次予選に進みシード国のジャマイカと対戦することになる。
 英領バージン諸島のワールドカップ予選出場は3回目。前の2大会は2試合制の1回戦でそれぞれ1-14、0-10の大敗だった。
 「ブラジル人監督が率いるバハマは強い。でもサッカーに不可能はない。なんとか勝ってジャマイカと対戦したい。それが俺たちの夢なんだ」と、選手たちは口々に語った。
 ところが思わぬ困難が持ち上がった。首都ロードタウンのグラウンドが国際サッカー連盟の基準に適合せず、予選には使えないことが判明したのだ。結局2試合ともバハマの首都ナッソーで行うこととし、日程も3月26日と30日に決まった。
 人口約2万人の英領バージン諸島。国外でプレーしている選手もいるが招集できず、20人の代表選手はすべて国内リーグでプレーするアマチュアだった。
 第1戦でワールドカップ予選初勝ち点を手にして自信がふくらんだ。940人の観客の前で行われた第2戦、後半12分に0-2とされても、英領バージン諸島の闘志は衰えなかった。後半33分にはMFのウイリアムズ主将が1点を返し、終了直前にはPKのチャンスを得た。
 キッカーは大柄なウイリアムズ主将。ゆっくりとボールをセットし、大きく息を吐くと冷静に決めた。
 2-2の引き分け。しかしドミニカのメルセデス主審の笛は、「90分間終了」ではなく「試合終了」を意味していた。予選規定では、2戦制の勝ち抜き戦で合計得点が同じ場合には「アウェーゴール」が多いチームが勝つ。日程を決めたとき、便宜上、第1戦をバハマの、そして第2戦を英領バージン諸島のホームとゲームいうことに決めてあったのだ。
 規定は規定。役員から説明を受けると、選手たちは少し肩をすくめ、笑顔でスタンドの観客に手を振りながら引き上げていった。
 不条理だが悔いはない。2014年大会への足掛かりはできた。サッカーも人生も続くのだから...。
 
(2008年4月9日)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

アーカイブ

1993年の記事

→4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1994年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1995年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1996年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1997年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1998年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1999年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2000年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2001年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2002年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2003年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2004年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →9月 →10月 →11月 →12月

2005年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2006年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2007年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2008年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2009年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2010年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2011年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2012年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2013年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2014年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2015年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2016年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2017年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2018年の記事

→1月 →2月 →3月