サッカーの話をしよう
No.696 オランダのストリートサッカー全国大会
3月26日、オランダ西部のハーグ。石畳の街角はまだ寒さが厳しかった。だが、健康福祉スポーツ省の女性大臣ブッセマーカーが高いヒールのブーツ姿でボールをけると、子どもたちの元気な歓声が寒風を吹き飛ばした。
ことしオランダサッカー協会が新しい取り組みを始めた。「ストリートサッカー」の全国大会をスタートさせたのだ。ハーグで行われたのはそのキックオフセレモニーだった。
文字どおり「路上サッカー」。より実情に近い言い方なら「裏通りのサッカー」だ。かつて世界中の町で、空き缶などで路上に一対のゴールをつくり、1個のボールを中心に飽きることなく遊ぶ少年たちの姿があった。
大人が介入しない子どもたちだけの世界。彼らはそこで身のこなしやテクニックを身につけた。ペレ、ベッケンバウアー、クライフら天才たちの創造性あふれるプレーの基礎は、有能なコーチの指導ではなく、路上で自由に遊んでいたころにできたものだった。
しかし自動車が普及し、都市の整備が進むと、裏通りにも子どもたちが遊べる場所はなくなった。ヨーロッパではとくにその傾向が強く、個性的な天才が生まれにくくなった。
なんとかしようと、コーチたちは練習に「ストリートサッカー」の要素を取り入れようと工夫を重ねた。オランダではとくに危機感が強く、協会を挙げての取り組みが行われてきた。
その一方で、「外遊び」が減る傾向にある子どもたちの健康を憂慮した各地の自治体が、10年ほど前から街の道路の一角を子どもたちに開放して「ストリートサッカー」を奨励する動きが生まれ、昨年には15都市に広がった。各地のクラブもその運動に参加し、昨年は全国で1万7000人もの子どもがストリートサッカーを楽しむようになった。
今回のオランダサッカー協会の取り組みは、その運動をさらに広め、近い将来、10万人の子どもたちをこの遊びに引き込もうという計画だという。「全国大会」といっても、右だ左だと指示する大人の監督などいない。
路上だから天才が生まれたわけではない。子どもが自分たちでルールをつくり、子どもなりの「人生」をかけてテクニックを磨き、ゴールを奪い守るための戦いを繰り返すことで、個性や創造性が生まれたのだ。大会という「形」をつくるときに、なにより大事なのはその「魂」だ。
(2008年4月30日)
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