サッカーの話をしよう
No.719 敗軍の将、兵を語る
「敗軍の将は兵を語らず」という。だがサッカーには、毎週毎週「兵(兵法、自軍の戦いぶり)」を語る敗軍の将がいる。Jリーグの監督たちだ。
国際慣習に従い、Jリーグでは試合後に両チーム監督の記者会見を行う。例外はない。監督たちは試合に関する所感を話し、記者たちの質問に答えなければならない。
感心するのは「敗軍の将」たちが堂々としていることだ。答え方は人それぞれだが、大半の監督は話せる限り正直に話してくれる。本当なら1秒でも早くこんな場所から逃げたいだろうに...。
26日には、勝てば連覇に大きく前進する試合でF東京に敗れた鹿島のオリヴェイラ監督の話に感銘を受けた。
「両チームとも同じ数のチャンスをつくった。それを決める力で相手がまさっていた」
「中盤でボールを拾う力がいつもほどなかった。意識の問題かもしれないし、配置の問題かもしれない。いずれにしろ私の仕事だ」
「全般にプレーの内容は良かった。ただサッカーにはこんな日もあるということだ」
記者の質問に丁寧に答える。それによって自分たちの取り組みへの理解をファンに広めたい、同時に、記事を読む選手たちにメッセージを送りたい...。いろいろな考えがある。だが「敗軍の将」の感情を抑えた話がなければ、「勝てば官軍」のような記事ばかりになってしまうだろう。
大きな後悔がある。
93年に日本で開催されたU-17ワールドカップで私は日本側組織委の報道担当だった。NHKが日本の全試合を放映し、試合直後に日本代表の小嶺忠敏監督の短いインタビューを入れていた。小嶺監督は、長崎県の国見高校をなんども日本一に導いた名将である。
DF宮本恒靖、MF中田英寿らを含む日本代表は準々決勝に進んだが、そこで強豪ナイジェリアと当たり、1-2で敗れた。試合後、小嶺監督はインタビューを拒否した。
「オレは選手たちのところに行く」
硬い表情で言う小嶺監督を、私は止めることができなかった。その夜、ベッドにはいっても眠れなかった。
「負けたけど、日本は本当によく戦った。それをいま全国のファンに話せるのは、先生おひとりじゃないですか。お気持ちはわかりますがインタビューを受けてください」
あの瞬間、私はそう言えなかった。それは「敗軍の将」が「兵」を語ることの意味を、私自身が理解していなかったからだった。
(2008年10月29日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。