サッカーの話をしよう
No.720 西が丘サッカー場
東京ヴェルディの緑とサンフレッチェ広島の紫で埋まったスタンドからは、最後までパワフルな応援歌が絶えることはなかった。11月2日、天皇杯4回戦が行われた西が丘サッカー場は、Jリーグ勢同士の対決に沸いた。
西が丘サッカー場は東京・北区の住宅地の真っただ中にある。現在は国立スポーツ科学センターとナショナルトレーニングセンターの巨大なビルが隣接しているが、かつて、この収容1万人の小さなスタジアムは、同敷地内にサブグラウンドと体育館をもつ、質素なスポーツ施設だった。
1972年、東京とメキシコの両五輪に続くサッカーブームが去ったころに完成、以後日本サッカーリーグの主要スタジアムのひとつとしてたくさんの試合を見守ってきた。日本代表のワールドカップ予選が、この質素なスタジアムで行われたことさえある。
質素だが、サッカーを「見る」人びとにとってこれほどすばらしいスタジアムはない。観客スタンドが、ゴールライン、タッチラインと平行に四方に設置され、なによりピッチと観客席が近いのだ。一方のゴール裏のスタンドなど、ゴールの上に覆い被さっているのではないかと感じられるほどだ。指示をかけ合う声だけでなく、選手たちの荒い息づかいさえ聞こえるのだ。
サッカースタジアムの「原形」は、ピッチの周囲を高さ1メートルほどの「柵」で囲ったものだろう。観客はその柵にもたれるように立って観戦し、声援を送り、また野次を飛ばす。イングランドでは、近代的な巨大スタジアムでもこうした一体感が濃厚に残っている。
ただの柵から階段式のスタンドになり、そこに椅子が置かれ、さらに屋根がつけられたのが「スタジアム」というものなのだ。
だが現代のスタジアムの多くは、ピッチとスタンドの一体感は二の次になっている。観客同士のトラブル、観客のピッチへの侵入や危険物の投げ入れを防止するために、高い壁や広い「濠(ほり)」で互いに遠ざけられてしまっているのだ。安全は何にも優先すべき要素だが、それがサッカー観戦の喜びの大きな部分を奪い去っているのは間違いない。
これからスタジアムをつくろう、あるいは改修しようというときには、いちど西が丘での観戦を体験してみたらいいと思う。ピッチとスタンドの一体感、観客として感じるものの多彩さを、近代的で安全なスタジアムのなかにもぜひ取り入れてほしいと思うのだ。
(2008年11月5日)
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