サッカーの話をしよう
No.725 奇跡
あなたは「奇跡」を信じるだろうか―。
宗教の話ではない。サッカーには、ごくまれながら、「奇跡」としか呼びようのない試合がある。そのひとつを、日本のファンも先週の週末に見た。
J1最終節、J2降格へ絶体絶命のピンチに陥った千葉が、残り16分から2点差をひっくり返し、4-2で勝ったのだ。それだけではない。千葉のすぐ上にいた東京Vと磐田がこの日ともに敗れたため、千葉は17位から15位に浮上し、一挙に入れ替え戦からも逃れて残留を決定したのだ。
相手は勝てば来季のACL(AFCチャンピオンズリーグ)出場の可能性もあるF東京。前半39分に先制され、後半8分に2点目を許した。千葉がようやく1点を返したのは後半29分。それからがすごかった。3分後に同点に追いつくと、また3分後にPKで逆転に成功する。そして後半40分には4点目を記録するのである。
「0-2になったときにはアップしながら涙が出た...」
試合後、そう語ったのは、主将ながらこの試合では先発を外されたMF下村だ(千葉の公式サイトから)。
サッカーで2点のビハインドは重い。時間が過ぎれば過ぎるほど、心は押しつぶされるようになる。
今季序盤、11試合で2分け9敗という悲惨さだった千葉だが、5月に就任したミラー監督の下で持ち直して秋には5連勝、降格圏脱出も近いと思われた。しかし10月下旬から足踏み状態となり、11月下旬には2試合連続3失点で敗れていた。
最終戦、ミラー監督は思いきった手を打った。下村などそれまで中心として活躍してきた選手3人を外し、チームを大幅に変えて最終戦に臨んだのだ。
そして2点をリードされると、すかさずFW新居とMF谷澤という攻撃的な選手を送り出した。「まだあきらめないぞ」という強いメッセージだった。
猛烈な重圧にも、選手たちは下を向かなかった。歯を食いしばって戦い続けた。
「...苦しかった。それでも自分の出番はどこかのタイミングであると思っていた...。勝利を信じていたし、1秒でもピッチに立ちたかった」。そう語った下村は、後半41分から出場し、チームを落ち着かせ、守備を引き締めて勝利に貢献した。
たしかに「奇跡」だった。だがそれを生んだのは人事を尽くしきった監督と選手たちだった。人事を尽くしても奇跡が生まれることは滅多にない。しかし尽くさなければ、奇跡は絶対に生まれない。
(2008年12月10日)
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