サッカーの話をしよう
No.727 人生最後の試合
「300億円対6億円」
21日にFIFAクラブワールドカップ決勝で対戦したマンチェスター・ユナイテッド(イングランド)とリガ・デ・キト(エクアドル)の年間予算の比較である。「50分の1」のリガを際どい勝負に導いたのは、37歳のGKセバジョスの再三の好セーブだった。
1971年、エクアドル北部、太平洋に面するアンコンという小さな町で生まれたホセ・セバジョスは、音楽の教師で教師チームのGKだった父を見てサッカーを始め、13歳のときにGKとなった。そして18歳でエクアドルきっての名門であるグアヤキル市のバルセロナでプロとなった。
90年代半ばからバルセロナのレギュラーとなって数々のタイトルに貢献し、エクアドル代表82試合、2002年ワールドカップにも出場した。そして37歳のことし、リガからオファーを受けた。リガは強豪の仲間入りしてまだ十数年にしかならないが、近年はタイトルを独占する力をつけていた。
最初のトレーニングで、セバジョスは目を見張った。選手たちがまるで「これが最後のサッカー」とでもいうように集中して練習に取り組んでいたのだ。自分自身のキャリアの最後を飾るにふさわしいチームだと感じた。
「試合に臨むとき、いつも私は『これが人生最後の試合』と考える。だから自分のすべてを出し尽くせるし、楽しむこともできる」
彼自身がもってきたサッカー哲学を、彼より15歳も若い選手たちが実践していたのだ。
「エクアドルの手」と呼ばれるセバジョスを得て、リガは南米クラブ選手権で次々と強豪を倒して勝ち進んだ。ブラジルの名門フルミネンセとの決勝戦は、ホームでは4-2で勝ったものの、アウェーでは1-3の敗戦。PK戦で決着がつけられることになった。
リオのマラカナンスタジアム、超満員のフルミネンセ・サポーター。そのプレッシャーも、セバジョスの敵ではなかった。何と、彼は3本ものPKを止めたのだ。フルミネンセの4番手、昨年まで浦和にいたワシントンのキックをストップし、セバジョスはエクアドルに初めての「南米クラブチャンピオン」の座をもたらした。
「人生最後の試合」
本当にそう考えて練習や試合に取り組むことができたら、どんなに不可能に見えるチャレンジでも可能になるのではないか。「6億円」が、もう一歩で「300億円」を倒しかけたように...。
(2008年12月24日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。