サッカーの話をしよう
No.728 FKスプレー
「9・15メートルのレーザー光発生装置」を夢想したことがある。
ペンほどの大きさのこの道具を使うのはサッカーの主審だ。フリーキック(FK)地点に立ち、スイッチを入れると、「ポン!」という音とともに、日中でも見える無害な赤い太めの光線が、9・15メートルだけ出るのである。
FKのとき、守備側はボールから9・15メートル以上離れなければならない。中途半端な数字だが、サッカーのルールはイングランドでつくられたため、ピッチの大きさなどはメートル法ではなくヤード・ポンド法で定められたのだ(今日もルールブックは両法併記だ)。
しかし自らこの距離を守る守備側の選手など皆無と言ってよい。たいていは7メートルほどのところに「壁」をつくり、主審にうながされてようやく下がる。だがそれだけでは終わらない。主審が離れると壁はじわじわと前進する。攻撃側がアピールし、また主審が壁を下げる...。1試合で何回も見かけるシーンだ。
このいらいらするシーンを撲滅しようと、最近、アルゼンチンで画期的な道具が誕生した。名付けて「FKスプレー」。主審はこのスプレーを使ってボールから9・15メートルのピッチ上に白い線をひく。ボールがけられる前に守備側がそこから出たら、即座にイエローカードが出されるという仕組みである。
考案したのはパブロ・シルバという名のアルゼンチン人ジャーナリストだという。自分自身の試合で、終了間際のFKを壁が近づいてきたために得点に結び付けることができなかった悔しさから必死に考えたのだ。
日本のジャーナリストと違い、彼は夢想するだけでなく塗料メーカーと研究を重ね、ついに塗ってから1分間ほどで消え去るスプレー塗料の開発に成功した。そして昨年の後半からプロ2部リーグで使用テストを進め、アルゼンチン協会はことしから1部リーグでも使用することを決めたというから驚く。
この種の道具を、テストといっても公式戦で使用するには、サッカーのルール改正を決める国際サッカー評議会の承認が必要なはずだが、評議会のなかで主導的な地位を占めるイングランドのサッカー協会も導入に興味を示しているという。
「スプレーでラインをひくという行為自体に時間がかかり、試合のスピードアップには役立たない」という反対意見もある。しかしこんなものを考え出さなければならないほど現状がひどいのは、間違いのないところだ。
(2009年1月7日)
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