サッカーの話をしよう
No.729 選手はミスを犯す権利がある
「選手には、ミスを犯す権利がある」
大きなハンマーで頭をガツンと叩かれた気がした。
この言葉を聞いたのは、いつの記者会見だっただろうか。イビチャ・オシムさんが日本代表の監督を務めていた一昨年のことであるのは間違いないが、どの試合後だったか、試合を控えた会見の席上だったか―。
「ミス」について、オシムさんほど厳しい監督はいない。サッカーがミスにあふれた競技であることを常に語りながらも、だからこそ、彼は選手たちに正確にプレーすることを求める。ミスを減らすための努力を求めてやまない。日本代表の試合後の会見のなかで、「ミスが多すぎる」と不満を語ったことも一再ではなかった。
しかし同時に、オシムさんは「ミス」の内容もしっかり見極めていた。技術的に未熟なためのミス、あわてなくていいところであわててしまってのミス、不注意によるミスなどには非常に厳しかったが、積極的にトライしてのミスには「もういちど!」と励ました。オシムさんが「選手の権利」と表現するのはこうした種類のミスにほかならない。
オシムさんの練習は形どおりに進めればいいというものではない。試合中のひとつの状況を設定してプレーをスタートさせ、そのなかで選手たちが判断して攻守を進めるというものが多い。
攻撃側には常にチャレンジを求める。状況も考えずに単独突破しろというのではない。失敗を恐れず、新しい発想、相手にとってより危険な状況をつくるプレーへのトライを要求するのだ。
「ブラーボ」
チャレンジが成功すると、オシムさんの口からそんなつぶやきが漏れる。大きな声ではないが、選手たちは聞き逃さない。最大限の賛辞だからだ。
チャレンジはいつも成功するとは限らない。むしろ失敗することのほうが多い。しかし自らを成長させようと思ったらチャレンジを恐れてはならない。
オシムさんが去った2009年。日本のサッカーはワールドカップ2010南アフリカ大会を目指した予選の佳境にはいる。2月11日にはオーストラリアとの最初の決戦が待ち構えている。そしてクラブレベルでも、大幅に刷新されたAFCチャンピオンズリーグに4つものチームが出場する。何より大事なのは、そうした試合に対し、ミスを恐れず勇気をもってチャレンジする個々の選手たちの姿勢に違いない。
(2009年1月14日)
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