サッカーの話をしよう
No.731 心理戦
「彼らはホームで勝たなければならない状況にある。つまり彼らには私たちより大きなプレッシャーがかかることになる。当然、私たちも勝ちたい。しかし勝たなければならないわけではない。プレッシャーは、より相手にある」
1月中旬にオーストラリア代表のピム・ファベーク監督が語った言葉である。「彼ら」とは、もちろん日本代表のことだ。
サッカーは、多分に「心理のゲーム」である。2月11日のワールドカップ・アジア最終予選での対決(横浜)に向け、「心理戦」がすでに始まっている。
ファベーク監督の言葉は明らかに日本代表選手や岡田武史監督が読むことを意識してのものだ。1月20日に熊本で行われたイエメン戦にアーノルド・コーチを送り込んできたのも、偵察より「心理戦」の側面が大きい。日本にかかっているプレッシャーをさらに強めようというものだ。
オーストラリアが3戦全勝で勝ち点9、日本が2勝1分けで7。そしてこの試合後には、オーストラリアが残り4試合のうち3試合をホームで戦うのに対し、日本はウズベキスタン、オーストラリアのアウェーゲームがある。たしかに、「勝たなければ」のプレッシャーは日本にある。
一般的に、プレッシャーは「パフォーマンスの敵」である。脳と体のスムーズな連絡を妨げ、自分がもっている力を出し切れない主要原因になる。
だが同時に、プレッシャーは「集中力の味方」でもある。プレッシャーがあるから高い集中力が生まれ、明確な目的意識をもつことができる。そしてプレッシャーを集中力に変える力の源こそ「経験」なのだ。現在の日本代表には、その力が十分ある。プレッシャーを恐れる必要など何もない。むしろ、プレッシャーがない状態のほうがこわい。
私は、ファベーク監督の言葉に、日本戦で敗れると、その後の影響への恐れがあることを感じる。オーストラリア代表の大半はヨーロッパにいて、強化合宿もままにならない。ぶっつけ本番のような形で日本に集合し、試合をすることに大きな不安を感じているのではないか。
「挑発」ともとれるファベーク監督の言葉に対し、日本代表の岡田武史監督は何の反応も見せていない。相手に心理的ゆさぶりをかけるより、自チームの準備に集中することが大事だとわかっているからに違いない。
(2009年1月28日)
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