サッカーの話をしよう
No.735 熱い戦いが終わる?
スタジアムで試合を見たことがある人なら、ピッチ内だけでなく、そのすぐ外にも「熱い戦い」があるのを知っているに違いない。「テクニカルエリア」で大声を出し続ける監督と、それをベンチに戻そうとする「第4審判」の戦いである。
テクニカルエリアとは、それぞれのチームのベンチ前に設けられた指示のための場所。ベンチの両脇から1メートル、そしてタッチラインまで1メートルの「コ」の字の形で、破線、または小さなカラーコーンを用いて描かれている。この中であれば、監督やコーチがピッチ内の選手に戦術的指示を与えることができる。ただしこのエリアに出られるのは、同伴する通訳を除けば一時にひとりだけで、しかも指示が終わったらすみやかにベンチに戻らなければならなかった。「熱い戦い」が起こるのはこのときだった。
「ならなかった」と「過去形」で書いたのは、ことしのルール改正で、「指示を与えたのち、所定の位置に戻らなければならない」という表現が削除されることになったからだ。新ルールは7月1日から施行される。
そもそもサッカーでは伝統的にピッチ外からの指示は禁じられていた。そのルールはほんの十数年前まで存在していた。しかし実際には、ベンチの監督は大声を出して指示をしていた。審判への暴言など、見苦しい行為も少なくなかった。
そこで90年のワールドカップ前、国際サッカー連盟は「戦術的指示に限ってベンチから与えてもよい」という通達を出場チームに出した。それをルールのうえで認め、さらに「テクニカルエリア」という区域を設定して明文化したのが、93年のルール改正だった。
ところで、同じ93年に初めてルールで明文化された新しい役割がある。「第4審判」である。ピッチ外、両チームのベンチの中央に位置し、試合全体を監視して3人の審判員を助けるとともに、両チームのベンチの行動をコントロールすることも主要な仕事とされた。すなわち「熱い戦い」は、テクニカルエリアと第4審判が生まれたときからの「宿命」でもあったのだ。ことしのルール改正でそれがなくなるのは、めでたい限りだ。
ただし、監督やコーチがテクニカルエリアに立ち続けるには、「責任ある態度で行動する限り」と条件がつけられている。判定への異議などを繰り返すようなら、ただちに「熱い戦い」が復活することになる。
(2009年3月4日)
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