サッカーの話をしよう
No.740 ライバルたちのお見舞い
1965年5月のある日、チリの首都サンチャゴ市内の病院にスーツ姿の10数人の男たちが現れ、ロビーがざわついた。
受付に座っていた中年の男は、突然の団体来訪者が人気プロサッカーチーム「ウニベルシダ・カトリカ」の選手たちであることに気づいた。やがて、男たちのなかから大きな体をしたひとりが帽子を脱ぎながら近寄ってきて、ていねいな口調でこうたずねた。
「ルイス・アルバレスさんのお見舞いにきたのですが、病室はどこでしょうか」
受付の男は驚いた。ルイス・アルバレスは、「カトリカ」とは永遠のライバルであり、この瞬間にもチリ1部リーグの優勝争いを展開している「コロコロ」のエースストライカーだったからだ。2年前のシーズン、アルバレスは30試合で37得点という破天荒な活躍を見せ、現在も残るシーズン最多ゴールを記録するとともにコロコロを9回目の優勝に導いていた。
だがこのとき、アルバレスは原因不明の病魔に襲われ、この病院に入院していた。「カトリカ」の選手たちがチームそろって現れたのは、ようやく落ち着き、面会が許されて間もなくのことだった。
病室に案内された選手たちは、手に手にもった花束をアルバレスに渡すと、「早く良くなってピッチに戻ってきてくれよ」と声をかけ、患者の負担にならないようにと、短時間で病院を後にした。
それから30年以上経た1999年、「カトリカ」にひとりの若者がデビュー、19歳でポジションを得ただけでなく、翌年にはチリ代表にも選ばれた。ポジションは右のサイドバック。小柄ながら圧倒的な攻撃力を発揮し、2002年にはライバルのコロコロを押しのけてカトリカに優勝をもたらした。
この選手こそルイス・アルバレスの次男、クリスチャンだった。父ルイスは91年に亡くなっていたが、家族は父から聞いた30年前の心のこもったお見舞いを忘れず、クリスチャンはカトリカのユースにはいっていたのだ。
5月のキリンカップに、チリ代表が参加する。過去2回、ワールドカップ出場を逃したチリだが、今回の南米予選では3位につけ、出場圏内にしっかりはいっている。クリスチャン・アルバレスも12試合のうちの3試合に出場している。
ただ、現在はイスラエルのクラブに在籍するクリスチャンが、来日メンバーにはいるかどうかはわからない。
(2009年4月8日)
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