サッカーの話をしよう
No.744 クラブ経営は愛の問題
サッカークラブ経営はビジネスかもしれない。しかしそれ以上に「愛」の問題である。
イングランドに「FCユナイテッド・オブ・マンチェスター」というクラブがある。なにやら有名クラブのパロディのような名だが、「本家」マンチェスター・ユナイテッドがチャンピオンになったばかりのプレミアリーグから数えると6つ下のリーグに属するセミプロのクラブだ。
05年、「本家」が米国の実業家に1000億円を超える巨額で売却されることになったのに反対したサポーターたちが設立したクラブ。「10部」からスタートし、現在は「7部」まで上がってきた。
会員ひとり10ポンド(約1440円)の会費で運営される非営利法人。スポンサーは募集しているが、ユニホームの胸にはけっしてスポンサー名を入れないなど、徹底して商業主義を排している。
4年前、クラブ設立の騒ぎのなかで財政難に悩む近隣のあるクラブが「買い取ってほしい」と申し入れた。既存のクラブを買い取れば何かと便利だし、昇格も早い。しかし設立準備に当たっていた役員たちは断った。「クラブ買収に反旗を翻した私たちが、他のクラブを買収することでスタートを切るのはふさわしくない」。ただ、設立後最初の試合をそのクラブと行い、財政を助けた。
FCユナイテッドの根本思想は「自分たちのクラブ」ということだろう。だからこそ、見返りなど期待することなく市民は愛情を注ぎ込むことができる。
日本にもFCユナイテッドのような例がある。横浜フリューゲルスが横浜マリノスと合併するのに反対し、サポーターたちが自ら作り上げた横浜FCだ。いろいろな経緯で現在の横浜FCは「市民クラブ」ではなくなってしまったが、このクラブがサポーターの「無償の愛」によって成立した歴史を忘れることは許されない。
地球規模の経済危機のなか、ヨーロッパでも日本でも、クラブ運営を支えてきた資本や企業が苦境に立たされている。自らの手で支えることが難しくなったとき、他の担い手を捜すことは、責任ある大人の態度と言える。Jリーグには、湘南ベルマーレのように、地域への粘り強い移転作業でクラブを生き延びさせた例がある。
忘れてならないのは、本当の意味でクラブを支えているのは、ホームタウンの人びとであり、サポーターだということだ。彼らの「愛」をないがしろにした「ビジネス」には、クラブの未来はない。
(2009年5月20日)
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