サッカーの話をしよう
No.745 走ることの天才
「走る」ことは、現代のサッカーにおいて最も重要な「才能」のひとつだ。
走ることなど誰にもできると思うだろう。しかしサッカーの試合になると、どういうわけかそれを忘れてしまう選手が少なくない。
体力の問題ではない。パスを出した後に足を止めてしまう。味方のプレーに応じて次のポジションを取ることができない。あるいはまた、ボール保持が相手チームに切り替わった瞬間、スムーズに守備にはいっていくことができない。「走れない」選手とは、そんな欠陥をもっている。
基本的には、こうした欠陥もトレーニングや指導で改善できる。「パスしたら動け」「ボールを失ったら奪い返せ」などの指導で、動くことを習慣化していくのだ。ただ、高いレベルのサッカーで効果的に走るには、もって生まれた「才能」が必要だ。
今夜大阪で行われるチリ戦から、日本代表の重要なシリーズが始まる。6月にはワールドカップ・アジア予選の最後の3試合がある。それは1年後に迫った「世界への再挑戦」に向けての重要なステップでもある。その代表26人のなかに18歳の山田直輝(浦和)が含まれたのは何の不思議もない。彼はたぐいまれな「走る才能」をもった選手だからだ。
166センチ。今回選ばれた26人のなかで最も若いだけでなく、最も小さい。しかし浦和の試合では、試合が始まると、山田直が何人いるのだろうかと思うほどよく動く。中盤深くまで守備に戻り、スライディングでボールを奪ったかと思うと、すぐに近くの味方にパスして動き、次の瞬間には50メートルも離れた味方をサポートしている。そしていつの間にか相手ペナルティーエリアに現れ、決定的なシュートを放つ...。
驚くばかりのハードワーカーぶりだが、実際にはひょうひょうと動いているようにさえ見える。それでいて、常に正しいタイミングで正しいポジションに現れる。それこそ他にはまねのできない彼の才能に違いない。
「天才」ともてはやされながら、大成することなく消えていった選手がどれほど多いことか。そのほとんどが、ドリブルのテクニック、シュートのアイデアなどで非凡なものを見せる一方、「走る才能」を磨かれていない選手たちだった。今日のサッカーでは、「走れない選手」は生き残ることが難しい。
「走ることの天才」山田直は、日本代表のサッカーを変える可能性さえ秘めている。
(2009年5月27日)
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