サッカーの話をしよう
No.751 ワールドカップが近づける黒人と白人の文化
「私はサッカーには興味はなかったの」
そう話したのは、南アフリカ、ブルームフォンテンのゲストハウス(民宿)の女主人、ヘティさんだった。
わずか1週間だったが、FIFAコンフェデレーションズカップの南アフリカ滞在はとても楽しかった。その楽しさの最大の要因を考えてみると、ヘティさんのゲストハウスの快適さと、彼女自身の心からのホスピタリティーだった。
ブルームフォンテンでその夜の宿泊先が見つからず、途方に暮れていた記者仲間の原田公樹さんと私は、幸運が重なってヘティさんの家にお世話になることになった。そして結局、4日間をそこで過ごすことになる。
2人のお子さんがずいぶん前に独立し、昨年ご主人を亡くしたヘティさんは、通いメードのカトリーナさんと2人で4つの客室をもつゲストハウスを切り盛りしている。
手入れの行き届いた前庭、冬というのに花であふれ、3匹の犬と1羽のカモが兄弟のように戯れる裏庭。おそらくかつて子ども部屋だった客室は、家庭的な温かさにあふれていた。霜が降りるほど冷え込んだ深夜、取材から戻ると、部屋には小さな明かりがともり、暖房がはいり気持ち良く暖められてあった。
そのヘティさんがサッカーに興味を持たなかったのは、「サッカーは黒人のスポーツ」というイメージがあったからだという。
ヘティさんは「アフリカーナー」。オランダ系の白人である。白人の間で圧倒的な人気を誇るのはラグビーで、これまではサッカースタジアムで白人の姿を見ることさえ珍しかったという。アパルトヘイト(人種隔離)が終結して15年、差別は無くなっても、黒人と白人は居住地域が分かれているだけではなく熱狂するスポーツまで別々だったのだ。
「それがね、この大会(コンフェデ杯)をテレビで見ていて、私もすっかりサッカーが好きになってしまったの」とヘティさん。
アフリカで初めて開催される来年のワールドカップは、地元観客の底抜けに明るい雰囲気で、これまでになく楽しい大会を世界に提供してくれるに違いないと私は思っている。しかし同時に、南アフリカという国にとっても、白人と、圧倒的多数を占める黒人の文化的融合が進み、新しい時代に向かうきっかけになるのではないか。
「もう決めたの。来年は必ずスタジアムに応援に行くわ!」
こう言いながら、ヘティさんは大きな体を揺らしながら笑った。
へティさん(左)、サッカージャーナリスト原田さん(右)
(2009年7月8日)
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