サッカーの話をしよう
No.752 所属クラブやチームを愛する心
スコットランドのグラスゴーを飛び立った中村俊輔が横浜に着陸できず、スペインまで戻ることになったのはとても残念だった。
セルティックとの契約を満了し、4シーズンで3回優勝という忘れられない記録を残した中村は、プロ生活をスタートした横浜F・マリノスへの復帰を熱望していた。
「力がピークにあるうちに戻って、恩返ししたい」
彼にとってマリノスは、中学生時代の所属クラブであり、生涯愛する「マイクラブ」でもあるからだ。
だが日本では中村のようなケースはまれだ。海外に出た選手が年俸が下がることもいとわず、自ら希望して元の所属クラブに戻るケースは多くはない。
海外からの復帰だけではない。日本選手には「自分のクラブ(あるいはチーム)」という意識が非常に薄いように感じられてならないときがある。
プロとして避けて通れない移籍もある。学校を卒業すればチームが変わるのは当然だ。それでもサッカーがチーム競技である以上、ひとつのユニホーム、チームメート、そしてその周囲にいる人びとや地域への愛情や愛着があって当然だ。それが感じられないときが驚くほど多いのだ。
最近私は、育成年代における指導にその一因があるのではないかと思い始めている。
現代の日本の少年たちは、より強いチームでプレーすることが成功と意識づけられている。両親からか、あるいは地域の「トレセン(日本サッカー協会が広げているタレント発掘、エリート養成のシステム)」の指導者たちからか、いずれにしろ大人たちがそう意識づけている。
その結果、自分のチームや仲間に対する意識は薄くなる。プロになっても、チームの勝利やクラブの成功より自分自身のステップアップにばかり心を砕くことになる。そのように育った選手に、代表になってから「日の丸への責任感」を説いても手遅れだ。
所属クラブやチームを愛する心は、サッカー選手として非常に重要な要素だ。その心がなければ、「チームゲーム」としてのサッカーへの最も基礎的な理解ができないからだ。
中村俊輔はマリノスでもレッジーナ(イタリア)でもセルティックでもファンに愛された。それは彼が本物のサッカー選手の心をもち、所属クラブへの愛情をプレーで示し続けたからだ。新たに加入したエスパニョールでも、ファンから深く愛されるに違いない。
(2009年7月15日)日本のサッカー, Jリーグ
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。