サッカーの話をしよう
No.757 サッカーにミスはない
「まだミスしていない人がいるぞ!」
練習試合の半ば、相手チームのコーチがこんなことを叫んだ。
「安全なことばかりしていないで、もっとチャレンジしよう!」
なるほどと思った。とても大事な指摘だ。そして急に、好きな映画の1シーンが頭をよぎった。
『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』というアメリカ映画。盲目の退役軍人である主人公(アル・パチーノ)が、出会ったばかりの若い女性にタンゴを教えようと申し出るシーンである。
「間違えるのがこわい」と尻込みする女性に主人公はこう言う。
「人生と違って、タンゴでは間違えるということはない」
「もし間違って足がからまっても、踊り続ければいい」
私は、「サッカーはミスのゲーム」と思っている。「果てしなく続くミスのゲーム」と言い替えてもいい。シュートを打ってもゴールの枠をとらえられるのは3本に1本程度。ドリブル突破の試みはタックルに阻まれ、単純なつなぎのパスさえインターセプトされる。試合のなかでパスが20本以上つながることなどまずない。
日本のサッカーのレベルが低いためではない。世界のどんなレベルのサッカーを見ても、UEFAチャンピオンズリーグやワールドカップでも、選手たちは頻繁にミスを犯す。
逆に言えば、ミスがあるという前提で「プレスをかける」という積極的な守備が生まれ、試合が緊迫感をもったものになる。ただ自陣に引き下がるのではなく、果敢にボールを奪いに行こうと動く。そこで奪えなくても、次の選手がパスの出先に激しく詰め寄る。ミスの存在こそサッカーの生命力と言っていい。
ところがコーチたちは極端にミスを嫌う。もちろん集中力不足のミスは避けなければならないが、果敢にチャレンジした結果のミス(ミスと言えるかどうか)まで非難するコーチがいる。コーチのみならず、味方選手のミスに対しあまりに不寛容な選手も多い。
「失敗は悪」という文化が、私たちの社会にはある。だがそれで安全第一のプレーに走るより、ミスを恐れずに果敢にプレーするほうが確実に伸びる。そしてサッカーがより楽しくなる。
サッカーが「ミスだらけのゲーム」であるなら、逆手を取って、「ミスは存在しない」と言い換えてもいい。
「人生と違って、サッカーにミスはない。ただプレーし続ければいい」
(2009年8月12日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。