サッカーの話をしよう
No.762 昨日のパフォーマンス、明日の勝ち点
「昨日のパフォーマンスで明日の勝ち点を得ることはできない」
9月19日、アウェーながら強豪川崎フロンターレに2-0で勝った後の記者会見を、浦和レッズのフォルカー・フィンケ監督はこんな言葉で締めくくった。そして、「それがある意味でサッカーのすばらしいところだ」と付け加えた。
大昔、1972年元日に決勝戦が行われた第51回天皇杯で、不思議な現象を見た。
決勝戦は三菱対ヤンマー。年末の準決勝では、日立に2-1の辛勝だった三菱に対し、ヤンマーは八幡に7-1で圧勝した。エースの釜本邦茂がひとりで4点を叩き出し、ネルソン吉村らが次々と守備を破って得点を重ねるヤンマーの攻撃を止めることは不可能とさえ思われた。
ところが決勝戦、三菱はヤンマーの攻撃を釜本の1点にとどめ、3-1で快勝してしまったのだ。「準決勝で大勝すると決勝は勝てない」。そんな鉄則があるのではないかと、当時、漠然と感じた。
それから何十年間もサッカーを見続け、その感覚は「確信」に近くなった。00年元日の天皇杯では、準決勝で7-2と大勝した広島が決勝戦では名古屋に0-2で完敗した。ワールドカップでも、大勝した次の試合で思わぬつまずきをするチームをよく見る。
狙いどおりのプレーで相手の守備を崩し、シュートを打てばことごとくネットに吸い込まれる―。それは選手やチームにとって夢のようなことであるに違いない。しかしそこに落とし穴がある。
次の試合で対戦するチームは当然警戒のレベルを上げる。それに対し大量点を取ったチームには、自信も生まれるが、それは「過信」と紙一重でもある。そして気のゆるみもできる。だから「大勝の後は危ない」のだ。
「大勝」を「快勝」と置き換えてもいい。川崎戦の浦和は攻守ともに今季最高と思えるプレーぶりだった。終盤には、7月から8月にかけての公式戦8連敗から脱したばかりのチームとは思えない自信がみなぎってくるのがわかった。
だからこそ、次の試合に集中しなくてはならない。新たな相手へのリスペクトを忘れず、もういちど前の試合を始める前の気持ちに戻って努力する必要がある。サッカーに限らず、スポーツには「謙虚さ」が必要なのだ。
フィンケ監督の自戒にもかかわらず、残念ながら翌週、浦和は川崎戦のパフォーマンスを再現することはできなかったが...。
(2009年9月30日)
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