サッカーの話をしよう
No.765 238分割されたピッチ
「見てくれ、ここがぼくの芝生なんだ」
スタジアム前に掲出された畳何枚分もの大きな看板の一カ所を指し示しながら、中年のサポーター、ウルス・ライマーさんは得意満面の笑顔を見せた。
「パウル・ヤネス・スタジアム」は、ドイツ・デュッセルドルフ市の東にある小ぶりなサッカー専用競技場。収容7150人。所有者は市だが、現在はこの街最大のクラブである「フォルトゥナ・デュッセルドルフ」の専用となっている。トレーニングやリザーブチームの試合に使っているのだ。
「幸運の女神」を意味するフォルトゥナは1895年創立。1933年にはドイツ選手権で優勝したこともある名門だ。だが70年代にブンデスリーガで上位を争った後、80年代以降は低迷して一時は4部にまで落ちた。
「30年間の低迷」のなかでクラブ経営も大変な苦労を味わった。クラブ史上最悪の「オーベルリーガ北ライン地区(4部に相当)」に降格したのは2002年だった。同時に試合に使っていたライン・スタジアムの建て替えでホームゲームをパウル・ヤネスで開催せざるをえなくなった。
しかし7150人収容といっても座席が2000人分しかなく、あとは屋根もない立ち見の観客席を、赤いマフラーのサポーターたちが毎試合ぎっしりと埋め、声援を送り続けた。その結果2年で昇格を果たし、08/09シーズンにはブンデスリーガ3部で2位となって2部リーグ復帰に成功した。
こうした苦労のなかで、クラブと市民が支え合う関係がはぐくまれたのは、クラブの将来を考えると幸運だった。そのひとつとして生まれたのが「ピッチ分有化」ともいうべきアイデアだった。
パウル・ヤネスのピッチを縦に17分割、横に14分割して計238枚のパネルと想定し、それぞれの保有者を募集したのだ。ピッチのメンテナンス費用を捻出するためだった。
地元の中小企業が争って応募した。冒頭のライマーさんは友人4人と共同で応募し、北側ゴール前の保有権を得た。スタジアム前の大看板には、どこが誰に保有されているのかが示されている。いまチームは5万人収容の新スタジアムでプレーしているが、ファンはパウル・ヤネスにも強い愛着をもち、そのピッチに自分の名が刻まれていることに大きな誇りを感じている。
クラブの長い歴史には、必ず浮き沈みがある。それを救うのは、クラブと市民が支え合う密接な関係であることを、フォルトゥナの例は教えてくれる。
(2009年10月21日)
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