サッカーの話をしよう
No.768 勝者の文化、敗者の文化
「驚くべきもの」を発見したのは、07年11月14日の深夜だった。
その日、AFCチャンピオンズリーグ決勝第2戦で浦和が2-0の勝利を収め、日本のクラブとして初めて優勝を飾った。表彰式のとき、埼玉スタジアムのバックスタンドには人文字で巨大な星印が浮かび上がった。カップが渡されて歓喜が爆発する瞬間を狙って、私は小さなデジカメのシャッターを押した。
「驚くべきもの」はその1枚にあった。星印ばかりに気持ちが走り、現場ではまったく気づかなかったものがそこに映っていた。
カップを中心に歓喜のさなかにある浦和の選手から少し離れたところで、敗れたセパハン(イラン)の選手たちが横一列に並び、拍手を送っていたのだ。
奮闘及ばず準優勝に終わったが、自分たちも全力を尽くした。誰にも恥じるところはない―。「ペルシャの勇者たち」の矜持(きょうじ)が、ひしひしと伝わる光景だった。
11月3日のナビスコ杯決勝戦表彰式、初タイトルを逃した川崎の選手たちの行為が批判され、大きな問題となった。首にかけられた準優勝メダルをすぐに外すなど、目に余る行為があった。
今回の出来事は、起こるべくして起こったと、私は思っている。
記憶によれば最初に決勝戦で首にかけられた準優勝メダルを外したのは、70年代はじめのヤンマーだった。天皇杯の決勝で敗れ、よほど悔しかったのだろう、釜本邦茂主将は、メダルを外すと当時のサッカーパンツについていた尻のポケットに無造作に突っ込んだ。
決勝戦表彰式だけの話ではない。Jリーグでは、負けたチームの選手たちがなぜあんなにがっくりと肩を落とし、頭を下げているのかといつも思う。その「形」は、少年サッカーにまで共通する。
要するに「堂々とした態度で敗戦を受け入れる」という文化が、現在の日本のサッカーには欠落しているのだ。川崎の選手たちの行為もすべてはそこから発している。そしてこの現象は、裏を返せば「勝った後に慎みを忘れない」という文化の欠落も意味する。
川崎の選手たちは気の毒なほどに反省している。しかし今回の出来事で最も大事なのは川崎の非を問うことではないはずだ。試合が終わった後のあらゆる人の態度を考え直すことが必要だ。セパハンのような態度を、ごく自然に取れるようにしなければならない。
それは私たちみんなに突きつけられた課題に違いない。
(2009年11月11日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。