サッカーの話をしよう
No.788 5つの言葉で歌う国歌
ワールドカップ南アフリカ大会の公式ソングが決定した。
コロンビアの人気女性歌手シャキーラと南アフリカの人気グループ「フレッシュリーグラウンド」が歌う『タイム・フォー・アフリカ』。スリナムのグループ「トラファシ」が歌った『ワカ・ワカ』をベースにした、思わず踊りだしたくなるような軽快な曲だ。公式のビデオクリップには阿部勇樹(浦和)も一瞬登場する。
開幕まで7週間余り。ワールドカップ南アフリカ大会は、たくさんの音楽に囲まれた楽しい大会になるだろう。そしてそのなかに、間違いなく最も多くの人に合唱されるひとつの曲がある。南アフリカ共和国国歌だ。
1997年に制定されたこの曲は、おそらく世界中の国歌のなかで最も風変わりなものだろう。ふたつのまったく違ったタイプの曲をつなぎ合わせただけでなく、なんと5種類もの言語の歌詞が使われているからだ...。
独立はいまからちょうど百年前の1910年。その10年ほど後につくられ、57年に正式に国歌として認められたのが『南アフリカの呼び声』と呼ばれる曲だった。英国国歌を思わせる荘厳な調子の曲だ。歌詞はアフリカーンス語。白人の多数派であるオランダ系の人びとの言葉だ。
それに対し、20世紀初頭から黒人たちの間で賛美歌として広く歌われるようになったのが『神よアフリカに祝福を』である。歌詞はこの国の黒人の主要言語のひとつであるコサ語だった。だがこの曲はやがて反アパルトヘイト(人種隔離)活動を象徴する曲として歌われるようになり、一時は禁止された。
アパルトヘイト撤廃後、ふたつの曲はともに国歌として認められて共存していた。だが97年、人種間の対立を解消しなければこの国の未来はないと考えたネルソン・マンデラ大統領は、ふたつの国歌を合体させ、5つの言語で歌わなければならないという大統領令を発布したのだ。
コサ語で歌い出された曲はやがてズールー語となり、二番はソト語で歌われる。そして曲調が一転、アフリカーンス語となり、英語でしめくくられる。
「互いに手をたずさえなさいという声が聞こえる。私たちは団結し、立ち向かう」(英語歌詞の一部)
音楽と歌にあふれた2010年ワールドカップ。大会は、6月11日、メキシコと対戦する南アフリカの、9万人の大合唱を合図にキックオフされる。
(2010年4月28日)
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