サッカーの話をしよう
No.790 マカラパ物語
「マカラパ」とは、南アフリカの公用語のひとつであるコサ語で「鉱山労働者の帽子」という意味だという。
3週間後に迫ったワールドカップ南アフリカ大会。その主役の一翼を、けたたましい音を出すサポーターホーン「ブブゼラ」とともに、このマカラパが担うのは間違いない。
マカラパは南アフリカのサポーターたちが誇る応援アイテム。派手でカラフル。どこにでもある工事用のヘルメットを改造したものだが、想像を絶するデコレーションが施されている。ボールやチームエンブレム、選手やカップなど、これでもかというほどに飾り付けられているのだ。
「マカラパ物語」は1979年に始まる。当時21歳だったアルフレッド・バロイは人気クラブ「カイザーチーフス」の熱烈なサポーターだったが、ある試合でスタジアムの二階席から飛んできたビンが友人の頭を直撃しそうになったのを見た。「これは危険だ」と感じたバロイは、ヘルメットを入手し、カイザーチーフスのクラブカラーである黄色と黒に塗って次の試合に着用していった。
それを見た仲間のサポーターたちが「譲ってほしい」と言い出した。バロイは小学校しか卒業していなかったが、驚くべきデザインの才能を発揮、次々と独創的なマカラパを製作しては配った。やがてその評判が広まると、バロイはバス洗車係という仕事をやめ、マカラパ製作で生計を立てるようになる。
90年には新しいアイデアが盛り込まれる。ヘルメットの一部をデザインに添って切り抜き、加熱して垂直に立てて色を塗ったのだ。世界に類を見ない楽しさにあふれたものが出来上がった。やがてマカラパはサッカーに限らずスポーツ応援一般にも広まっていく。そしてバロイは「教授」の名で尊敬を集めるようになる。
1個1個完全な手作りで、世界にただひとつのマカラパ。しかし昨年にはワールドカップでの需要を見越して「切り抜きロボット」を導入、量産態勢を取る会社も現れた。当然「日本代表版」も作られている。だがペイントは相変わらずの手作業。「世界にひとつ」に変わりはない。
「本当に南アフリカに来たことを証明したいのなら、マカラパを買って帰ることだね」
バロイにそう言われるまでもなく、誰もが欲しくなるマカラパ。デザインによって値段は300ランド(約3600円)から500ランド(約6000円)と様々だという。
(2010年5月19日)
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