サッカーの話をしよう
No.793 希望のためのサッカー
フットサルのコートで何十人もの少年少女が夢中にボールを追っていた。全員普段着。半数以上がはだしだ。周囲で順番を待っている少年たちは、好プレーが出るたびに両手で「バンバンバン!」とフェンスを叩いた。
ケープタウンの都心から車で南東へ30分、国際空港を過ぎて右に折れると、広大な平地に延々と小さな家が並んでいるのが見えた。現地のコサ語で「新しい故郷」を意味する「カエリチャ」というタウンシップ。アパルトヘイト(人種隔離)時代の黒人居住区だ。差別撤廃後も、黒人を中心に経済発展に取り残されたたくさんの人びとが暮らしている。
「フットボールフォーホープ・センター」と名付けられた新しい施設は、そのほぼ真ん中にあった。簡素なクラブハウスと木材を組み立てたジャングルジムなど遊び場がある。しかし少年たちの心を何よりも引きつけるのは、緑まぶしい人工芝が敷き詰められたフットサルコートだ。
初めてアフリカでワールドカップを開催するのに合わせて、国際サッカー連盟(FIFA)は、一時的にではなく、将来にわたってアフリカの発展に役立つものを残したいと考えた。それが「フットボールフォーホープ」プログラムだった。各国に中心となる施設をつくり、地元NGOに協力してもらって少年少女の健康教育の場にするという。
南アフリカをはじめアフリカ諸国ではHIV(エイズ)感染の拡大が深刻な社会問題となっている。その原因が子どもたちの無知にあることは明らかだ。そこで、サッカーを楽しむことのできる施設をつくり、指導者を配置して子どもを集め、サッカーの指導といっしょに衛生面の教育もすることにしたのだ。
近い将来にアフリカ全土に20個所の「センター」が設置される予定だが、第一号として昨年11月にオープンしたのがカエリチャの施設だった。オープン直後に、取材で訪れることができた。
ボランティアのスタッフが言葉をかける。立ち止まってうなずくと、少年たちはまたプレーに戻っていく。その輝くような表情とまなざしの強さには、心打つものがあった。
スタジアムでワールドカップを観戦することなど、夢のまた夢に違いない。しかし彼らはどこかのパブリックビューイングでメッシやロナウドのプレーに触れ、希望に胸を膨らませてまた「センター」に戻っていく。その希望が、彼らの人生を導いていくはずだ。
(2010年6月9日)
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