サッカーの話をしよう
No.795 サークルディフェンス
「サークルディフェンス」の発見者は、サッカー分析家の庄司悟さんである。
昨年6月、FIFAコンフェデレーションズカップのアメリカの試合の映像を分析していた庄司さんは、守備時の選手たちが通常の考え方とは違うポジションの取り方をしているように感じた。DF、MF、FWの「3ライン」で守備組織を構成するのではなく、チーム全体で「サークル(円)」を形づくっていたのだ。
8人で直径40メートルほどの円をつくる。その中央に2人のMFが位置する。こうすると選手間の距離が約15メートルで均等になる。円の外では相手にパスを回させるが、内側にはいってこようとすると包み込むようにボールを奪う。
守備だけが目的ではない。ボールを奪うと、前へではなく、左右両外、45度に向かって攻撃の軸をつくり、その方向にカウンターアタックをかける。守備時に円形にポジションを取っているから、攻撃への移行は非常にスムーズだ。
実はそのときには庄司さんの説明に納得できたわけではなかったのだが、今回のワールドカップでサークルの威力を見せつけられた。準々決勝、アルゼンチン戦のドイツだ。庄司さんによると、ドイツは昨年10月のロシア戦からこの新戦術を取り入れたという。
天才メッシを中心とした破壊的な攻撃力で優勝候補の一角だったアルゼンチンを、ドイツはまるで子供扱いするように4-0で撃破した。アルゼンチンはドイツのつくるサークルに翻弄(ほんろう)された。メッシが単独でサークルの内側にはいろうとしても、たちまち囲まれてからめ取られた。そしてそこから繰り出されるドイツのカウンターを止めるすべがなかった。
そのドイツが逆に子供扱いされたスペインとの準決勝はさらに衝撃的だった。ドイツは相手に外側でボールを回させ、「パス地獄」で自滅させようとした。だがシャビを中心としたスペインのパスワークは自在にドイツのサークルの内側にはいった。気がつくと、対応に追われたドイツのサークルは無残なほどに形が崩れていた。
ようやくボールを奪回してカウンターに出ようとしても、円形ができていないから軸がなく、パスの出し所を探しているあいだにスペインに奪い返される―。それが準決勝のドイツの真実だった。
最新のチーム戦術とそれを崩したスペインの技術。サッカーの奥深さを堪能させたワールドカップだった。
アルゼンチンに完勝したドイツ(黒ユニホーム)のサークルディフェンス
(2010年7月21日)
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