サッカーの話をしよう
No.799 スタイルを貫くペトロヴィッチの哲学
「過去2年半、私たちは継続的に良いサッカーをして良い結果を残してきた。しかしいま、チームは少し難しい時期にきている」
8月15日、気温33度の等々力競技場で川崎フロンターレに敗れた後、サンフレッチェ広島のミハイロ・ペトロヴィッチ監督(52)は淡々とそう話した。
ここ数年間、広島はJリーグのなかで最も魅力ある攻撃的なサッカーを見せるチームだった。2006年6月に就任したペトロヴィッチ監督は、2008年にJ2降格の苦渋を味わいながらも方針を変えず、J1復帰1年目の昨年は4位という好成績を残して今季のAFCチャンピオンズリーグ出場も果たした。
その間、広島は頑ななまでにひとつのスタイルを貫いてきた。4バック全盛のなかで3-4-2-1システムを採用し、自分たちのボールになるとパスをつなぎながら渦巻きのように動いて攻め崩してしまう。生命線は相手を上回る運動量だ。
だがその足が止まった。主力選手の相次ぐ故障や夏場の疲れが重なり、思うように動けなくなってしまったのだ。人数をかけてパスをつないでも、動きがなければ逆にピンチを招くだけ。それが川崎戦の広島だった。
いろいろな状況で目指していたサッカーができない。そんなときどうするか―。
多くのチームはスタイルを変えることをいとわない。スタイルとは勝利の確率を高める手段にほかならない。スタイルにこだわって結果を顧みないのは本末転倒とも言える。ワールドカップで日本代表が好成績を収めたのは、岡田監督が目指すサッカーから結果を得るプレーに転換したからだった。それはそれで見事な決断だった。
だがその一方で徹底してスタイルにこだわる監督もいる。スタイルを放棄して短期的に成功しても長続きはしないと考えるからだ。そしてまた、サッカー自体が勝敗を超えて人々に喜びを与られると信じているからだ。広島のペトロヴィッチ監督も、そうした信念の持ち主のひとりだ。
「厳しいが、選手たちと話し合って状況を打開していきたい。私は自分たちが積み上げてきたものを信じている。私たちにはこのサッカー以外にない。」
川崎戦、ペトロヴィッチ監督はいちどもベンチに座らなかった。90分間、テクニカルエリアのいちばん前に立ち、大汗をかきながら声をかけ続けた。それは、過酷な状況下でも懸命に自分たちのサッカーを実現しようともがく選手たちといっしょに戦う姿に見えた。
(2010年8月18日)
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