サッカーの話をしよう

No.805 いっしょに立ち向かおう

 示されたロスタイムの5分間はとっくに過ぎていた。スコアは1-1。アマチュアのリヒテンシュタインを相手に、古豪スコットランドは苦しんでいた。
 右からのFKもクリアされる。だが左CKだ。急いでコーナーに走っていくDFロブソン。その左足から送られたボールが、走り込んだDFマクマナスの頭にぴたりと合い、ゴールの右隅に吸い込まれていった。
 最悪の結果を覚悟していたレベイン監督だったが、その瞬間、跳び上がり、隣にいたコーチと抱き合って、思わずかけていたメガネを落とした。足元に落ちたメガネを拾いながら、彼の脳裏をひとつの言葉がよぎった。
 「WE STAND TOGETHER(いっしょに立ち向かおう)」
 ワールドカップをはじめとした主要大会に21世紀になってから出場できていないスコットランド。この9月、12年ヨーロッパ選手権の予選が開幕するのを前にキャンペーンを始めた。協会だけでなく、ファンやメディアも力を合わせて目標を達成しようという思いを込めたのが、右のスローガンだった。
 奇しくも同じ時期、ベルギーでもよく似た趣旨のキャンペーンが発表された。こちらのスローガンは「みんながチームの一員(WE ARE ALL PART OF THE TEAM)」。言葉は別でも、意図するところは驚くほど共通していた。
 南アフリカで開催されたワールドカップを見た人であれば、多くの試合で勝負を分けた要因が「団結」の力の差だったことを感じ取ったはずだ。日本の好成績はまさにその力だったし、南米勢がベスト8に4チームも残ったのも、全員がチームの勝利だけを考えてプレーした結果だった。
 技術でも戦術でも、まして選手の名声や所属クラブの格でもない。心からひとつにまとまることができれば何かを成し遂げることができるという事実は、多くの人や国に勇気を与えたに違いない。
 スコットランドやベルギーはそのほんの一部に過ぎない。アフリカはもちろん、アジアでも多くの国で4年後のワールドカップを目指した「チーム一丸」の取り組みが始まっているはずだ。南アフリカ大会はもう歴史のひとコマに過ぎない。日本も遅れをとることは許されない。
 「97分」の劇的な決勝ゴールで勝ち点3を得たスコットランドは、ヨーロッパ選手権2012を目指す予選第9組で首位に立った。
 
(2010年9月29日)
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サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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