サッカーの話をしよう
No.807 デヨングとファンマルウェイク
「もう十分だ。彼はあまりに遠くに行ってしまった」
そのシーンをテレビで見て、オランダ代表のベルト・ファンマルウェイク監督は思わずそう漏らしたという。「彼」とはオランダ代表のMFナイジェル・デヨング。10月3日、所属するマンチェスター・シティ(イングランド)のリーグ戦で、相手チーム選手に左足骨折の大けがを負わせてしまったのだ。
相手はニューカッスルのフランス代表MFハテム・ベンアルファ。キックオフ後わずか3分、相手をかわした直後でよけようのない体勢のベンアルファの左足をデヨングの「カニばさみ」のようなタックルが襲った。脛骨(けいこつ)と腓骨(ひこつ)の両方が折れたベンアルファはショックで気を失った。
不思議なことにレッドカードはおろかイエローカードも出ず、デヨングは90分間プレーして2-1の勝利に貢献した。だが3日後、ファンマルウェイク監督は10月8日のモルドバ戦、そして12日のスウェーデン戦のオランダ代表からデヨングを外すことを発表した。
「試合翌日の朝に電話で彼と話し、今回は代表に呼ばないことを伝えた。彼ほどの力があればあんな行為は必要ないだろうと言ったよ。そして今月の2試合が終わったら会って話そうと約束した」
ワールドカップ決勝戦ではスペインのMFシャビアロンソの胸に跳びげりを食らわしてやはりおとがめ無しだったデヨング。今回は「厳しい制裁が必要」と話題になっているが、公式の処分を待たず、代表監督が自主的に制裁を下した形だ。
ただ、会見でファンマルウェイク監督が最後に語った言葉は、人間味にあふれ、なかなか味わい深かった。
「この決定はけっして胸を張れるものではない。勝者などなく、敗者がいるだけだからだ。何よりもベンアルファ。彼には一日も早い回復を祈りたい。ナイジェル(デヨング)も敗者だ。人間としては性格も良く、勝者のメンタリティーの持ち主なのに...。そして私自身も敗者と言える。とても大事な選手を使えないのだから」
勝利を求めてプレーする以上、時としてファウルもイエローカードも避けることはできない。しかし自制心を失って相手に大けがを負わせるようなラフな行為がまかり通ったらサッカーは死ぬ。
選手、監督、審判など立場を超え、サッカーに関わるすべての人が、その区別を明確につけ、こうした行為を撲滅する責任を負っている。
(2010年10月13日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。