サッカーの話をしよう
No.809 なぜ実数発表が重要なのか
なぜ「実数発表」が重要なのか、あらためて考えてみたい―。
Jリーグで大宮アルディージャが4季にわたって意図的に観客数を「水増し」していたことが判明した。
Jリーグ規約に基づく「試合実施要項」の第52条「公式記録」の第2項に「観客数は入場者実数を記入」と定められている。観客数の「水増し」はこの条項への違反に当たる。
92年9月5日に最初の公式戦としてナビスコ杯5試合を開催した日からJリーグは「実数」を発表してきた。いまでは当然になったが、当時は衝撃的な出来事だった。スポーツ界では「概数」発表が当然だったからだ。
4万6千席しかない競技場で毎試合「5万6千人」と発表するプロ野球球団があった。6万人が定員の国立競技場で「8万人が熱狂」した競技もあった。日本サッカーリーグ時代には、運営担当者がスタンドを見回して「う~ん、3000人!」などとやっていた。
スポーツに限った話ではない。デモの参加者、出版社が広告主に示す雑誌発行部数...。誰も信じていない数字が、景気づけのためにか、大手を振ってまかり通る文化がある。
だがJリーグは敢然と「実数発表」に踏み切った。なぜか―。
初代・川淵三郎チェアマンが、「お客さま一人ひとりを大切にしなければ未来はない」と考えたからだ。
概数で「3万人」なら、あなたが来なくても「3万人」だ。だが実数で「2万1520人」なら「2万1519人」となる。「実数発表」とは、スタジアムに足を運んでくれた観客一人ひとりを、公式記録、すなわち歴史に残す作業にほかならない。それが「Jリーグの約束」だった。
「実数」の定義は、間違いようがないほど明確に定められている(07年に明文化)。07年にJリーグが年間の総観客数を1100万人にしようという「イレブンミリオン・プロジェクト」を始め、大宮もクラブ独自に年間の観客数目標を決めた。これらの数字が、担当者に何らかのプレッシャーを与えたことは想像に難くない。
だがそれは「姑息(こそく)なごまかし」で済む話ではない。何より実数発表にどんな意味があるか、リーグの根幹にかかわる考え方を理解していなかった。その結果、ファンとの「神聖な約束」を破ってしまった。
大宮1クラブの問題ではない。Jリーグ37クラブ、おそらく1000人を超す役員、スタッフの全員が、自らを真剣に顧みる必要がある。
(2010年10月27日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。