サッカーの話をしよう

No.816 肩組みが象徴した日本代表の一体感

 「きょう、国歌のときに肩を組みたいんですが、いいですか」
 ワールドカップ南アフリカ大会初戦のカメルーン戦を迎えた6月14日の朝、試合地ブルームフォンテンの宿舎で、日本代表主将の長谷部誠が岡田武史監督にこう話しかけた。
 「いいよ」
 さりげなく返事しながら、内心、岡田監督は快哉(かいさい)を叫んだに違いない。
 「ベンチもいっしょに組んでくれますか」
 「喜んでやるよ」
 PK戦のときに肩を組んだことはあった。しかし試合前の国歌吹奏では、したことはなかった。それを、選手たちから自発的にしたいと言ってきたのだ。
 アルゼンチンに住む知人から岡田監督のもとに1本のビデオが届けられたのは09年はじめのこと。DVDにはラグビーの07年ワールドカップで3位になったアルゼンチン代表のドキュメンタリーが収められていた。そのなかに、試合前の国歌吹奏のシーンがあった。その映像を、岡田監督は選手たちに見せた。
 整列した選手全員が肩を抱き合って並び、吹奏が始まる。そして長い前奏が終わると、全員で叫ぶように国歌を歌い上げる。
 これから直面する戦いへの不安と恐れ。それを克服しようとする勇気と闘志。そして何よりも、チームの勝利ために、祖国のファンのために戦うという決意...。感極まって涙ぐむ選手もいる。理屈抜きに、見る者の心を揺さぶる映像だった。
 岡田監督の戦略と戦術を徹底的に実践し、海外開催のワールドカップで初めてベスト16進出を成し遂げた日本代表。本田圭佑の得点や遠藤保仁のFKも美しかったが、勝利の最大の要員は、チーム全員が心をひとつにし、一丸となって戦い抜いたことに違いない。
 「サッカーがチームスポーツであることを私たちは証明したい」
 デンマーク戦後の記者会見で、岡田監督はこんな話をした。
 自分たち以外に誰も信じなかった「奇跡」は、全員が、自分のためでなく、チームのため、そして家族や世話になった人びとのため、深夜の日本で声援を送ってくれている人びとのために行動し、プレーした結果と言いたかったに違いない。
 その象徴が国歌吹奏時の肩組みだった。チームが完全にひとつになっていたからこそ、ごく自然にできたことだったのだろう。
 ブルームフォンテンのスタジアムで日本代表の肩組みを見たときに込み上げてきた熱い思いを、私は忘れることはないだろう。
 
(2010年12月22日)
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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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