サッカーの話をしよう
No.826 10ヤード氏にリスペクトを
マイネーム・イズ・テン・ヤーズ。
おっと、日本語でなくちゃ。
改めて自己紹介。オレの名前は9・15メートル。...。メートル法にすると何だか締まりがないね。では「10ヤード」ということとで。
こう見えてもオレは世界的な有名人。2億人のサッカー選手なら誰でも知っている。ファンを含めて10億以上の人がオレのエラさをわかっているはずだ。
そう、フリーキック(FK)のときに、相手側の選手が離れていなければならない距離が、オレってわけ。
10ヤードルールはサッカー誕生の1863年からあった。でも対象はキックオフだけ。8年後の71年にFKが生まれたけど、守備側が10ヤード離れなければならなくなったのはなんと42年後の1913年のこと。それでもオレはもう100歳近くになるってわけだ。
なのに、選手たちがオレを無視することと言ったら!
FKの笛が吹かれる。攻撃側はすぐにけろうとする。守備側(反則した側)は決まってボールの前に立つ。サッカー選手というのは守備側になったとたんにオレの存在を忘れてしまうものらしい。
黒い服(最近はカラフルだが)のおっさんが「10ヤード!」と叫ぶと離れるけど、こんどは別の選手たちが7ヤードのところに壁をつくる。オレはいつの間にこんなに背が縮んでしまったんだい?
イングランドなんかじゃ、オレを無視したらFKをもう10ヤード前進させるというルールを熱心に研究していたらしい。南米では、オレの存在を示すスプレーまで開発されたと聞く。オレが大事だということは、誰でも知ってるんだ。でもいざとなったら無視さ。
ペナルティーキック(PK)もFKの一種だから、オレが登場する。それを示すのがペナルティーエリアの外に突き出した弓形のラインだね。でもPKのときには攻守両チームがオレを無視する。
アジアカップの韓国戦で、日本の細貝選手がエリアのかなり遠くから走りだし、けられた瞬間にエリア内にはいって跳ね返りを決めたよね。オレを尊重してくれて見事な得点。思わず「ブラボー!」って叫んだよ。
日本サッカー協会は「リスペクトプログラム」なるもので審判員や相手選手に敬意を払おうと呼び掛けているけど、そこにオレの名前も入れてほしいね。選手たちがオレを本当にリスペクトしてくれたら、試合は間違いなくスピードアップして、ずっとおもしろくなるんだけどね。
(2011年3月9日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。