サッカーの話をしよう
No.845 ポニーテールと短髪
「澤(穂希)さんのようになりたい」
日本中の「なでしこ少女」たちが夢をふくらませている。試合前に花束を贈ったのは、全員、澤のように髪を「ポニーテール」に結んだ小学生低学年の女の子たちだった。
7月17日に行われた女子ワールドカップの決勝戦、日本の先発11人で長髪だったのは、澤とDFの鮫島彩のふたりだけ。一方アメリカは、GKソロを筆頭に8人が長髪をポニーテールに結んでいた。
ポニーテールはアメリカでは「サッカー少女」の代名詞だ。女の子たちに最も人気があるサッカー。数百万人にものぼると言われるプレーヤーの多くがポニーテール姿なのだ。
日本では、小学生はともかく、中学生以上になると女子サッカー選手の圧倒的多数が短髪になる。競技イメージを上げるため「短髪よりポニーテールがいい」と意見が出たこともあったが、まったく変化はなかった。
髪の長さは個性や好みの問題であり、長くしようと短くしようとまったくの自由だ。流行もある。技術・戦術や体力が、髪の長さで変わるわけでもない。だが私には、日本の女子サッカー、いや日本の女性のスポーツ全般がかかえる問題の一端が、髪の長さに表れているのではないかと思えてならない。
選手と指導者、そして場所さえあればスポーツには十分--。それが従来の日本のスポーツ行政の考えだった。
だが女子のスポーツには清潔で安全な更衣室が必要だ。そしてただ着替えられるだけでなく、シャワーもほしい。夏期に大汗をかいたあとで髪も洗わずに電車に乗るのがいやで短髪にしている女子スポーツ選手が少なくないのではないか。
いざとなれば男子は外で着替えることもできる。髪も、中高生なら「スポーツ刈り」のように短くして、水道で洗えるだろう。しかしどちらも、女子では不可能だ。
なでしこジャパンの多くが短髪だった背景のひとつに、日本のスポーツ施設の劣悪さ、それを生んだスポーツ文化の貧困、そして女性がスポーツに取り組むことへの無神経なまでの理解のなさがあると、私は思う。
サッカー少女が何百万人いてもみんな芝生のグラウンドでプレーでき、その後にはシャワーを浴びて帰宅できるアメリカ。土のグラウンドでプレーし、トイレで着替え、シャワーも浴びずに電車に乗らなければならない日本。その違いが、「ポニーテールと短髪」に象徴されているように思えてならないのだ。
(2011年8月10日)
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