サッカーの話をしよう
No.849 冒険の旅へ、日本代表の精神力
久々に味わった緊張感だった。
ワールドカップ・アジア予選。先週金曜、日本代表は息詰まるような戦いの末、ロスタイムの4分目になって決勝ゴールを奪い、貴重な勝利を得た。
「一滴一滴が海になる」。ザッケローニ監督は、イタリアの格言を引き、全員の献身によって得た勝ち点3が2014年ワールドカップに向けての第一歩になると語った。その言葉のとおり、一足飛びに出場権を獲得することはできない。粘り強く勝ち点を積み重ねて「ブラジル」までたどり着くのだ。
それにしても「ホームアンドアウェー」の戦いは難しい。
「ホームでは必ず勝ち、アウェーでは悪くても引き分ける」。今予選の戦い方の指針をそう語ったのは北朝鮮のユン・ジョンス監督。「勝てなくても成功」という姿勢で臨んでくるチームからゴールを奪うことの難しさを再認識させられた試合だった。
それでなくても、昨年のワールドカップでベスト16に進出し、ことしはアジアカップ優勝。現在のアジアでオーストラリアと並んでヨーロッパのトップリーグで最も多くの選手がプレーしている日本は、同じ組のチームから警戒され、最高のモチベーションの戦いを挑みかけられる。
だが日本代表はそうした相手に受け身になるのではなく、自ら果敢に仕掛け、最後の最後までチャレンジを続けた。そのメンタリティーは、敬服すべきものだった。
ワールドカップ予選は、よく「冒険の旅」にたとえられる。誰もが目指すが、誰にでもたどり着けるわけではない目的地。そこに続く道が平坦であるわけがない。思いがけない落とし穴が待っていることもあるだろう。窮地に追い込まれるときもあるかもしれない。
そうしたときに必要なのは、一人ひとりが腹に力を入れ、歯を食いしばって耐え、自らを信じ、仲間を信じて逃げずに戦い続けることだけだ。
この日の日本代表からは、そうした精神的な強さがひしひしと伝わってきた。前後半のロスタイムを入れて通算98分間、一瞬たりとて混乱したことはなかった。本当に、チームとしての成長を感じさせた試合だった。
しかし戦いは始まったばかり。一喜一憂することは許されない。3次予選から最終予選へ、再来年の6月まで(あるいは11月まで)続く「冒険の旅」を、私たちもいっしょに成長しながら楽しみたいと思う。
(2011年9月7日)
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