サッカーの話をしよう
No.850 友情のシルバーカップ
9月12日(月)、東京都内のホテルで日本サッカー協会創立90周年の記念パーティーが開かれ、その場で「新しい」FAシルバーカップが披露された。
FAシルバーカップは日本サッカー協会の生みの親と言っても過言ではない。大正8(1919)年、英国大使館から日本体育協会に突然手渡されたのがこのカップだった。
前年、東京など3都市でサッカーの大会が行われたのだが、英国では「日本にも国内サッカーを統括する団体ができ、全日本選手権の地方予選が行われた」と伝わった。喜んだのが「サッカーの母国」イングランドサッカー協会(FA)。さっそく純銀のカップを制作、日本のサッカー協会に寄贈すべく、東京の英国大使館に向けて送り出したのだ。
日本の体育協会はあわてた。当時東京でサッカーの中心だった東京高等師範学校(現在の筑波大学)にサッカー協会をつくるよう指示、大正10(1921)年9月10日、ようやく協会が誕生した。
FAシルバーカップはこの年に始まった全日本選手権(現在の天皇杯)の勝者に授与されるようになり、日本中のサッカー選手の目標となっていく。
ところが昭和20(1945)年、カップは政府に献納され、兵器をつくるために溶かされてしまう。戦後全日本選手権が復活。51年からは天皇杯が正式な優勝カップとなって今日まで続いている。
ことし3月、日本サッカー協会の小倉純二会長は、FAのバーンスタイン会長と会談した際、FAから贈られたカップがきっかけで日本協会が誕生したこと、そのカップが戦時中に失われてしまったことなどを伝え、謝罪した。そして許可してもらえるなら複製をつくり、若い世代に戦争はいけないことを伝えていきたいと話した。
バーンスタイン会長はこの話に感銘を受け、こう返事した。
「新しいカップは私たちがつくり、もういちど寄贈します」
そして完成した「新しい」FAシルバーカップは、8月23日、ロンドンのウェンブリースタジアムでバーンスタイン会長から小倉会長に手渡された。新カップは、来年元日に決勝戦が行われる天皇杯の勝者に授与される予定だという。
ビッグビジネス化ばかり進み、カネでしか物事が計れなくなってしまった今日のサッカー。そのなかで、日本とイングランドのサッカー協会の間で交わされたやりとり、人と人のつながりは、「おとぎ話」のようなぬくもりを感じさせる。
(2011年9月14日)
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