サッカーの話をしよう

No.852 鬼才 相川亮一コーチを悼む

 人は生まれる時代も場所も選ぶことができない―。ことし1月に急逝された相川亮一さん(享年64)を思うとき、頭に浮かぶのは、いつもそのことだ。
 私にとって最初のサッカーコーチだった。高校に進学したころ、先輩でまだ大学生だった彼の指導を受けた。
 「おれはプロサッカーコーチになる」
 Jリーグなどかけらもない1967年。選手としての経歴もない相川さんの言葉には、強烈な目的意識と自負が感じられた。
 その後相川さんはFIFAのコーチングスクール(イラン)でデットマール・クラマー・コーチに師事し、読売サッカークラブ(現在の東京ヴェルディ)のコーチ、後に監督となった。読売クをJSL2部から1部に引き上げ、個性的で攻撃的なサッカーで優勝争いにまで加わらせた。
 83年に監督を辞任、以後は神奈川県の桐蔭学園などユース年代のチームの指導を歴任した。彼の指導に触れた若い選手たちは大きな影響を受けた。
 サッカーの本質を見抜く鋭い感覚と、優れたサッカーを実現するための技術指導、戦術指導で尽きることのないアイデアをもった「鬼才」。ただ同時に、非常にシャイで、人づきあいは苦手だった。
 スポーツジャーナリストの牛木素吉郎さんの提唱で「追悼本」が編さんされ、相川さんの「弟子」である高橋正明さんや田所俊文さんの献身的な働きでようやく完成した。
 苛烈なまでに自己を見つめる人だった。自己に正直だったから、言葉に力があった。
 71年、山手学院高校のコーチを辞任することになったとき、高校生たちに向けて、彼はこんな手紙を送った。
 「我々はサッカーを教えているのではなく孤独な人たちがこの世で何を目指すかを教えるのである。それは今もチームしかない。私は自分がこういうことを若い人たちに知ってもらうために生きていくことを願っている」
 これを書いたとき、彼は25歳だった。
 日本リーグ時代に「ライバル監督」だった石井義信さんは「相川くんは20年か30年早かった」と書く。
 プロ時代であれば、人づきあいの能力ではなく、アイデアと指導力だけで評価されただろう。また欧州の国なら、小さな田舎町で選手を育て、1部リーグのチャンピオンにするような仕事も可能だったのではないか。
 人は生まれる時代も場所も選ぶことはできない。ただ、後に残された者は、彼の魂を感じ、彼のアイデアを引き継ぐことはできる。


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(2011年9月28日)

「追悼本」のお問い合わせはサイト上部「メール」よりお願いします。

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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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