サッカーの話をしよう
No.867 GKは足で勝負する
英国レスター市に住むエディー・カークランド氏が思いがけなく1万ポンド(当時のレートで約215万円)を手にしたのは、06年8月17日のことだった。
前夜、彼の息子でプレミアリーグのウィガンでプレーするゴールキーパー(GK)のクリスがイングランド代表にデビューした。その15年ほど前、エディーは公認の賭け業者を相手に「息子がイングランド代表になる」ことに100ポンドを賭けていたのだ。賭け率は「100対1」。1万ポンドは払い戻し金だった。
身長191センチの大型GKのクリス。だが現代サッカーでは、大きいだけではイングランド代表はおろかプロになることもできない。
国際サッカー連盟(FIFA)がワールドカップなどトップクラスの43試合でのGKのプレーを精査したところ、全3150プレーの3分の2に当たる2081プレーが足によるものだった(『FIFA WORLD』1・2月号)。
「華麗なセーブ」ばかりがクローズアップされるGKだが、相手のシュートを止めるときにも、正面にくるボールを立ったままキャッチするか、弱いシュートを拾い上げるプレーが圧倒的に多い。ファンの記憶に残るのはジャンプしてのセーブだが、平均すると1試合で1回ないし2回ある程度なのだ。
今日のサッカーでは味方からパスを受けるプレーがどんどん増えている。DFからのバックパスを大きくクリアするプレーではない。パスを受けて逆サイドに展開するなど攻撃への関与の要求が、チームのレベルが高くなればなるほど高くなっているのだ。
シュートを防ぎ、クロスをカットし、味方への指示などの守備のプレーだけでなく、パスを受けてゲームを組み立てる攻撃の能力も要求されるのが今日のGKだ。当然、フィールドプレーヤーと変わらない足でのプレー能力(ストップ、キック)が必要となる。
Jリーグでもその傾向は明らか。日本代表の西川周作(広島)を筆頭に、攻撃力に特徴をもつGKが増えてきた。横浜で09年の半ばからレギュラーとなった飯倉大樹、プロ9シーズン目の昨年、Jリーグでようやく初出場したと思ったらそのままポジションをつかんでしまった浦和の加藤順大らの足でのプレーは、見応え十分だ。
息子クリスの「代表入り」に大枚100ポンドを賭けたエディーも、翌日から、「足もとのプレーも磨いておかなければだめだぞ」と尻をたたいたに違いない。
(2012年1月18日)
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