サッカーの話をしよう
No.899 いきなり活躍の清武
「まるで外国で暮らしているようだった」
88年夏、イングランドの強豪リバプールの伝説的な得点王イアン・ラッシュが語ったと伝えられる言葉だ。
彼は前年夏に巨額でイタリアの名門ユベントスに移籍。しかしイタリア生活やセリエAのサッカーに適応できず、わずか1シーズンで戻ってきた。その直後の言葉だったから笑いを誘った。以来、ラッシュの名前は、外国のリーグに適応する難しさの象徴として語られるようになった。
だが、このところ欧州のリーグに移籍していきなり活躍を見せる頼もしい日本人選手が目立っている。その最新の例が、ドイツ・ブンデスリーガのニュルンベルクに移籍した清武弘嗣(22)だ。
開幕から3試合連続で先発出場。ビッグスターなど皆無のニュルンベルクだが、2勝1分けと好調だ。その中心に清武がいる。
第3節、アウェーのボルシアMG戦では、FKとCKから2点をアシストし、最後には圧倒的な個人技で決勝点まで決めた。
2-2で迎えた後半10分。ペナルティーエリア正面で清武がボールを受ける。目の前には大柄な相手DFが2人。そのひとりをひらりとかわし、崩れそうになった体勢を立て直すと追走してきた相手も外し、目の前にDFを置いたまま右足を振り抜く。ボールはDFの股間(こかん)を抜け、相手GKがあぜんとするなか左隅に決まった。
「すでに清武は完全にチームメートに受け入れられている」と語るのは、ドイツで30年以上にわたって活動し、現在はサッカーのデータ分析の専門家である庄司悟さん。
「ニュルンベルクはどの試合もボール支配は35%程度。走力とがんばりのチーム。そこに技術の高い清武がはいり、彼にボールを渡せば『いなし』をつくって良いパスが戻ってくることで周囲の選手の走力が生きるようになった。清武にとっても、自分自身の特徴や能力を生かしてくれる最良のチームにはいったのではないか」と庄司さんは説明する。
先の日本代表のイラク戦でも香川真司不在を忘れさせる活躍を見せた清武。今後の活躍が本当に楽しみだ。
ところで冒頭の言葉は、ラッシュ自身が語ったものではなく、チームメートの創作らしい。それが有名になってしまったのは、「外国暮らしの悪夢」をあまりに見事に表現していたからに違いない。
困難なことをさらりとやってのけている日本選手たち。本当に頼もしく感じる。
(2012年9月19日)
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