サッカーの話をしよう
No.910 「良いクロス」は存在しない
「『良いクロス』って何だろう?」
コーヒーを飲みながら、友人とそんな話をした。「清武がヨーロッパでベストクロッサーに選ばれた」という話を聞いたからだ。
1960年代のダービー(イングランド)にアラン・ヒントンという選手がいて「ベストクロッサー」と称賛されていたのを思い出した。味方に得点させるためにサイドから中央に送るパスを「クロス」と呼ぶ。ヒントンは正確なキックで定評があり、そのクロスから数多くの得点をアシストした。
ドイツのニュルンベルクに所属する清武弘嗣。今季15試合のチームゴール14のうち、自ら3点を記録しただけでなく、実に5点をアシストしている。味方の頭にぴたりと合う彼のクロスこそ、このチームの生命線だ。
確かに得点に結びついたクロスは良いものに違いない。だがテレビ解説者が「良いクロスですね」と言うのを聞くと、最近、どうも結果論のように聞こえてならない。
クロスの多くは長身の相手DFにはね返される。狙いどおりのところにすばらしいボールを送ったと思っても、相手DFのポジショニングや対応が良ければシュートにさえ結びつかない。
攻撃側はニアポスト(クロスを入れる選手に近い側)とファーポスト(遠い側)に少なくともそれぞれ1人詰めるのが原則。ボールがけられるタイミングに合わせてそこに走り込む約束になっているから、ける側もイメージしやすい。だが当然のことながら相手チームもそこをしっかりと防ぎにかかるから、簡単ではない。
清武の場合、比較的高いボールがゴール正面、相手DFとDFの間に落ち、そこに走り込んだ味方がヘディングで得点するというアシストが多い。GKが出てこれず、しかもできるだけゴールに近い場所に落とさなければならない。超精度のキックが必要だ。
だがいくら正確なキックでも、それだけでは得点は生まれない。走り込む選手が清武から送られてくるボールのコースや特性特質を知り抜き、どんぴしゃりの場所とタイミングでジャンプしなければならないからだ。
「結局、『良いクロス』というものは存在しない。キッカーと詰める選手の、正確な技術と高度な相互理解による連係プレーがあるだけではないか」
私の結論に、友人は「何をいまさら」という顔をしながら、「サッカーはすべてそうだよ」と言った。
(2012年12月5日)
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