サッカーの話をしよう
No.918 リスペクトの表し方、フェアプレーの色
2月6日はサッカーにとって悲しい事件の記念日だ。55年前、1958年のきょう、イングランドのマンチェスター・ユナイテッドを乗せた旅客機が雪のミュンヘン空港で離陸に失敗、一時に8人もの選手の生命が失われた。今回は、この事故後に起きた出来事を少し考えてみたい。
トップチームが事実上壊滅したとき、ユナイテッドはイングランド・リーグを14試合も残しており、ユース選手を何人も使って戦う以外になかった。
この事故の9年前、イタリアでも悲劇があった。戦争による中断をはさみセリエAで4連覇、イタリア代表そのものと言っていいトリノの選手18人の生命が、航空機事故で一瞬のうちに失われたのだ(その後のイタリア代表の低迷は、この事故が原因と言われる)。
事故が起こったのは49年の5月4日。トリノもまた、セリエA4試合を残していた。第34節を終えた時点での成績は21勝10分け3敗、首位。だが2位インテルがじわじわと迫ってきていた。
リーグを投げ出すわけにはいかない。トリノはユースチームで残り試合を戦うことにした。そしてジェノアに4-0、パレルモに3-0、サンプドリアに3-2、フィオレンチナに2-0と4連勝、見事5連覇を飾った。実は、亡くなった選手たちとトリノというクラブ、そしてトリノ市民に対する「リスペクト」を表すために、対戦する4クラブもユースチームを送り出していたのである。
イングランドでも、事故後のユナイテッドと対戦した全14クラブは最大限の「リスペクト」を表現した。だが彼らにとってのリスペクトは、イタリア人が考えたものと同じではなかった。1軍の最強チームを送り出し、全力でユナイテッドに立ち向かったのだ。
2月以降、ユナイテッドの「継ぎはぎチーム」はよく奮闘した。だが結果は14戦して1勝5分け8敗。9位でシーズンを終えた。
「リスペクト」の心は同じ。しかし行為は正反対だった。
「リスペクト」やフェアプレーは、絶対的なものではない。それぞれの国の文化のなかにあり、時代とともに変わるものでもある。
日本ではフェアプレーといえば「黄色」というイメージが定着している。国際サッカー連盟も黄色だ。だがアジアサッカー連盟のフェアプレー旗は青色。心が同じであれば、形はさまざまでいい。
どんな形の「リスペクト」やフェアプレーが、現代日本の社会にふさわしいだろうか。
(2013年2月6日)
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