サッカーの話をしよう
No.919 プロ意識をもったボールボーイ(ボールガール)
先月下旬に英国で起きた「ボールボーイ・キック事件」のニュースにはうんざりした。
リーグカップの準決勝、「引き分けでも決勝進出」という有利な立場のスウォンジーがホームで強豪チェルシーと対戦した。0-0で迎えた終盤、ライン外に出たボールをチェルシーのアザールが拾おうとすると、ボールボーイが倒れ込み、ボールを体の下に入れて隠した。かっときたアザールがボールをけり出すと、ボールボーイは大げさに脇腹をかかえて転がり込んだ。
アザールは当然退場だ。だがその17歳のボールボーイがスウォンジーの役員の息子で、事前に「時間稼ぎ」を宣言していたことも判明すると、英国の世論は一挙にスウォンジーに冷たくなった。
思い出したのは、昨年4月、ブラジルのリオデジャネイロ州選手権第2ステージ決勝戦の1プレー。ただこちらは思わず拍手を送りたくなる出来事だ。
2-0とリードしたボタフォゴが左から攻めようとしたボールをバスコダガマの選手がかろうじてさわり、タッチ外にけり出した。
だがバスコがひと息つくことは許されなかった。ボールを奪われた後も足を止めずにタッチラインまで走ってきたボタフォゴMFアンドレジーニョに向かって、タッチライン際にいたひとりのボールボーイ、いや女性だから「ボールガール」が、まるでバスケットボールのパスのようにボールを投げたのだ。
間髪を置かずに縦に投げるアンドレジーニョ。FWアブレウが抜け出し、ゴール正面に送ったのをMFマイコスエルが決め、勝利を決定づけてしまったのだ。ボールがタッチに出てからスローインまでわずか1秒、得点まで6秒という電光石火の早業だった。
一夜のうちに「ボタフォゴにアシストしたボールガール」として有名になったのは、フェルナンダ・マイアという22歳の女性。
「どこのファンかって? それは秘密よ。でもいつもと同じようにしただけよ」と、インタビューに答えた。
彼女はプレーが自分の方向に近づいてくると「持ち場」を離れてプレーに近寄り、手にしたボールを投げ渡すと、振り返って外に出たボールを拾いに走っていた。あとのプレーは見ていなかった。
「私の夢はワールドカップでボールボーイになること」と語るフェルナンダ。彼女のように中断を短くしようとする「プロ意識」をもったボールボーイばかりになったら、サッカーはもっともっとスピーディーで面白くなるはずなのだが...。
(2013年2月13日)
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