サッカーの話をしよう
No.938 「国際親善試合」の意味
サッカーの母国イングランドで「20世紀最大の一戦」と呼ばれる試合がある。
1953年11月25日にロンドンで行われたイングランド対ハンガリー。それまでホームでは負けたことがなかったイングランドが3-6という信じ難いスコアで敗れた一戦だ。
自他ともに「無冠の王者」と任じてきたイングランド。その誇りが一夜で崩壊し、他国から学び、他国の技術や戦術を研究して取り入れなければと努力が始まることになる。
ただしそれはワールドカップやその予選といった試合ではなかった。単なる「国際親善試合」だった。
「インターナショナル・フレンドリー」という。2つの国の協会が話し合って決める試合だ。「オフィシャル・コンペティション」(公式大会)とは区別されるが、これも国際サッカー連盟(FIFA)に届け出が義務づけられた正式の試合。結果報告とともに、総収入の2%をFIFAに納める義務もある。
互いの合意で試合を行うという形は、サッカー誕生以前からのもの。日程調整の煩わしい作業を避けるためにその後考え出されたのが、カップ戦やリーグ戦という形式だった。
試合を通じて互いの技術研さんを図ることが第一義的な目的。しかし相手の国についての知識を深め、人情や文化への相互理解を進めるきっかけになれば、スポーツを超えた価値を生む。
先月下旬、なでしこジャパン(日本女子代表)がアウェーでイングランド、ドイツと連戦した。いずれも「国際親善試合」である。「イングランド女子代表対なでしこジャパン」だが、日本サッカー協会とイングランドサッカー協会の交流であり、日本とイングランド(英国)という2つの文化の交流の機会でもある。その放送でアナウンサーが「強化試合」と連呼するのに強い違和感を覚えた。
不適切な用語は視野の狭さの象徴であり、放送内容の貧弱さにも反映されていた。佐々木監督の指揮など、なでしこの戦いぶりにしか焦点が合わず、日本と英国の女子サッカーの交流という重要なテーマは顧みられることすらなかった。
もちろん、チーム強化は重要な目的だ。しかし「国際親善試合」というものの意味、サッカーを通じての国際交流という、より大きなものを忘れてはいけない。1953年の試合の何より重要な遺産は、イングランドの人びとの間に、ハンガリーという国に対する大きな敬意が生まれたことだったという。
(2013年7月3日)
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