サッカーの話をしよう
No.943 欧州サッカー『世界戦略』の脅威
韓国で東アジアカップが行われていた7月下旬、日本国内はマンチェスター・ユナイテッドとアーセナルのイングランド・プレミアリーグ2クラブの来日で沸いていた。
ユナイテッドには香川真司、アーセナルには宮市亮という日本人選手がいる。だがそれ以上に両チームの世界的スターへの注目が高く、オフ明けで十分なトレーニングもしていない時期ながら、Jリーグクラブとの4試合で19万3916人ものファンが集まった。
日本にきたのはこの2クラブだけだが、プレミアリーグの半数に当たる10クラブがこの時期にアジア、オセアニア、アメリカなどの「サッカー後進地域」に遠征した。「世界戦略」の一環としてだ。
大半の試合が満員となるプレミアリーグ。だが収入の大きな部分はテレビ放映権に負っている。今月17日に開幕する新シーズンでは前年比60%増の2500億円の放映権収入が見込まれ、優勝チームへの分配は史上初めて1億ポンド(約150億円)を超える。リーグ全体で年間約50億円の放映権収入しかないJリーグにすれば、まさに垂涎の的だ。
さらに驚くのが2500億円のうち約900億円が海外への放映権販売で得られ、ことし大幅に増額されたという事実だ。その主要な買い主はアメリカやアジア。プレシーズンを過ごす場所としてこれほどふさわしくない猛暑のアジアにユナイテッドやアーセナルがあえて遠征するのは、「マーケット」へのプロモーション活動にほかならない。
私は、イングランドを筆頭にした欧州サッカーが「マーケット」を世界に広げている状況こそ、現代の世界のサッカーが抱える最大の問題と考えている。
プロサッカーのマーケットとは本来その国の国境内のものであるはずだ。そうでなければ各国のプロリーグが健全に発展していくことはできない。ほんの20年前まではそれに近い状態だった。だがいくつかの要因が重なって欧州の主要国が世界のスターを抱え込み、瞬く間に国境を超えてマーケットを広げた。
「よりレベルの高いもの、より魅力のあるもの」をファンが求めるのは自然のことだ。だが現状を放置すれば、世界の多くの国で、もちろん日本を含め、プロサッカーが立ちゆかなくなる。
今季のJ1の平均入場者数約1万6000人。7月に日本で1試合平均5万人近くを集めた欧州サッカーの脅威からどうマーケットを守るのか、皆で知恵を絞る必要がある。
(2013年8月7日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。