サッカーの話をしよう
No.953 国もクラブも背負う選手たち
「シンジと会えるなんて、夢のようだよ」
イゴール・チュジョフさん(23)とロマン・レフチェンコさん(22)は、興奮を隠しきれない様子だった。
10月13日、前日ベラルーシ入りした日本代表が首都ミンスク市内で練習をした。その会場で待ち構えていたのが、ミンスク在住のふたりのマンチェスター・ユナイテッド・サポーターだった。
バスから降りてきたときの香川真司はふたりに手を振っただけだったが、練習後には笑顔で記念撮影やサインの求めに応じた。
「日本代表のアウェーゲーム」という視点しかもてなかった自分の不明を恥じた。選手たちは、日本人としてだけでなく、それぞれが所属するクラブの代表としてアウェーの地を訪れている。そしてファンと交流することで所属クラブや日本とその国の人びとを結び付けているのだ。
ベラルーシはソ連解体後の1990年に誕生した若い国。代表はまだ大きな大会の予選を勝ち抜いたことがない。今回のワールドカップ欧州予選も、残念ながら1勝1分け6敗で最下位に終わった。
だがベラルーシのサッカー自体には百年を超す歴史がある。
1910年に南東部のゴメルに最初のサッカークラブがつくられ、翌年には全国に広がった。1980年代には選手の大半がクラブの育成部門出身者で占められたディナモ・ミンスクが全ソ連リーグで優勝を飾り、MFアレイニコフ(90年代にG大阪でもプレー)ら数多くの選手がソ連代表に選ばれた。
そして現在は、日本代表とベラルーシ代表の試合が行われたジョジナの隣町のクラブ、BATEボリソフがリーダー役を果たしている。国内リーグ7連覇を誇り、昨年はUEFAチャンピオンズリーグでバイエルン・ミュンヘン(ドイツ)に3-1で勝つという快挙で国民を熱狂させた。
実は日本代表とベラルーシの対戦は初めてではない。60年に欧州遠征中の日本代表がミンスクで「ベラルーシ代表」と対戦、FW川淵三郎らのゴールで日本が3-1の勝利をつかんでいるのだ。
それから約半世紀ぶりの訪問。日本代表は洗練されたパスサッカーでファンを楽しませただけでなく、ベラルーシの人びとにとってもアイドル的存在である香川のような選手のプレーも間近に見てもらうことができた。
大学生だというチュジョフさんとレフチェンコさんの感激に紅潮した顔が、半世紀の日本サッカーの成長を雄弁に物語っていた。
(2013年10月16日)
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