サッカーの話をしよう
No.954 アイスランドの奇跡なるか
「ここの問題は雪ではない。風なんだ」
(1970年代にこの国の代表監督を務めた英国人トニー・ナップ)
欧州大陸から千キロ以上離れ、北極圏に近い北大西洋の孤島アイスランド。そのサッカーが世界を驚かせている。ワールドカップ欧州予選でプレーオフに残り、初出場をかけてクロアチアと対戦することになったのだ。
10月15日の欧州予選最終戦、アウェーでノルウェーと1-1で引き分けてスイスに次ぎF組2位を確保。前半12分にMFシグルズソン(トットナム)のパスを受けたFWシグトルソン(アヤックス)の先制点が大きくものを言った。国民の百分の一にあたる三千人ものサポーターは、いつまでも選手たちと喜びを分け合った。
アイスランドは人口約32万。火山の国であり、1783年のラキ火山の大噴火による火山ガスは広く北半球を覆い、日本でも天明の大飢饉(ききん)の原因のひとつになったという。一方で「エコ」の国でもあり、電力はほぼすべてを水力と地熱でまかなっている。
緯度は高いがメキシコ湾に発する暖流の北大西洋海流に洗われ、冬の寒さは氷点下3度ほどにすぎない。しかし10月から4月にかけて風速20メートルを超す偏西風が絶え間なく吹き、それがサッカーの試合や練習を不可能にするとナップは語るのだ。
日本代表は過去この国と3回対戦した。1971年夏、欧州遠征でデンマーク相手に善戦した日本を見たアイスランドから招待を受け、予定を変更してレイキャビクに飛んだ。そして杉山隆一の連続得点により2-0で勝った。2回目は2004年にイングランドで3-2、そして昨年2月には大阪で対戦し、これも3-1で勝利。スウェーデン人のラーゲルベック監督就任初戦だった。
5月から9月に行われる国内リーグの平均観客数は千人を超える程度。だが過去10年間で育成用の施設を充実させ、現在では欧州各国のプロリーグで50人以上が活躍する。その急成長を証明したのが今回の予選だった。
昨年の9月に始まった予選、初戦でノルウェーを2-0で下したアイスランドは大奮闘を続け、ついにプレーオフの地位を確保して世界を驚かせたのだ。
試合は11月15日にホーム、そして19日にアウェー。相手のクロアチアはFIFAランキング18位(アイスランドは46位)の強豪。しかし本来なら「サッカーなど不可能」な11月のレイキャビクで、新たな驚きが起こらないとは誰にも言えない。
(2013年10月23日)
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