サッカーの話をしよう

No.964 ポルトガルの英雄エウゼビオ

 ことし7月に解体工事が始まる東京・国立競技場。高校1年生だった1967年以来、観戦したのは何百試合になっただろうか。そのなかでナンバーワンゴールは、70年8月29日に見たものだった。
 ポルトガルの強豪ベンフィカが来日。日本代表との3連戦の第2戦後半26分、満員のファンは言葉を失った。
 一人の黒人選手がゴール左、角度のないところでボールをもつ。日本DFはうかつに飛び込めない。その選手が右足を小さく振ってボールの下に打ち込むと、フワリと浮いたボールはGK横山の頭上を越え、左に曲がってゴール右上に吸い込まれたのだ。それまでの日本のサッカーでは見たことがない、本当に美しいゴールだった。
 この選手こそ、60年代に欧州最高のストライカーと言われたエウゼビオだった。去る1月5日、72歳を目前に帰らぬ人となった。
 1942年、当時ポルトガル領だった東アフリカのモザンビーク生まれ。アンゴラ出身の父は白人の鉄道労働者だったが、エウゼビオが8歳のときに破傷風で急逝。母エリザは女手ひとつで5人の子どもを育てた。
 靴下と新聞紙を丸めたボールでサッカーを覚え、15歳でロレンソマルケス(現マプト)のスポルティングと契約。17歳でデビューすると、その年の12月、ポルトガルのベンフィカがまるで誘拐するように彼を連れ去った。今日の価値で年俸5億円という破格の条件でともかく母エリザを口説き落としたのだ。
 大問題となった。スポルティングは、ベンフィカとは不倶戴天(ふぐたいてん)のライバルの傘下クラブだったのだ。南部の漁村にエウゼビオを隠して正式交渉を進め、ようやくまとまったのは翌年5月のこと。
 だがデビューと同時にスターとなる。彼の活躍でベンフィカは翌年欧州チャンピオンズカップ連覇を達成、彼自身65年には欧州最優秀選手に選出される。
 背は高くはなかったが広い肩と分厚い胸をもち、弾丸のように速く、右足で強烈なシュートを放った。24歳で迎えた66年ワールドカップでは9得点で得点王となり、ポルトガルの3位躍進に貢献。0-3とリードされた準々決勝の北朝鮮戦、4連続得点で5-3の大逆転勝ちに導いたプレーは伝説だ。
 あのクリスティアノロナウドをして「ポルトガルサッカー史上最高の選手」と言わせるエウゼビオ。その彼が28歳で東京の国立競技場に刻んだスーパーゴールは、44年後も日本のサッカーファンの脳裏に焼きついている。

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(2014年1月8日) 
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