サッカーの話をしよう
No.969 浅田真央が見せた本当の強さ
「最後まであきらめない」
多くのプレーヤーが、そして多くのチームがそう宣言する。しかし言うは易く、実行するのは難しい。
2週間にわたって楽しませてくれたソチ冬季五輪。冬の競技ならではの数々の美しい映像が印象的だった。しかしそのなかで私が最も強いインパクトを受けたのは、女子フィギュアスケートの浅田真央選手だった。
サッカージャーナリストの大先輩・賀川浩さんはフィギュアスケートの報道においても超一流の記者だが、私はサッカーしか取材したことがなく、まったくの門外漢。その素人の目から見ても、浅田選手の精神力は衝撃的だった。
4年前の大会で銀メダルをとり、今回は金メダルの有力候補と言われていた浅田選手。しかし前半のショートプログラムで信じ難い失敗をして16位。誰よりも落胆したのは、浅田選手本人であったに違いない。しかも後半のフリーは翌日。この短時間に気持ちを整理し、再び集中するのは至難の業と感じたのは、私ひとりではなかっただろう。
トップクラスのスポーツ選手は何よりも勝負にこだわる。というより、強くなりたい、勝ちたいという気持ちを誰よりも強く持つ者だけが、トップクラスで競技することを許される。表面はどう装っても、他人の目に触れないところでは敗戦の悔しさにのたうち回るのがトップクラスのスポーツ選手なのだ。
浅田選手もフリーの演技が始まる直前までショックを引きずっていたようだ。しかしリンクに上がると集中しきった演技を見せた。その精神力、その強さに、心打たれなかった者がいるだろうか。
スポーツ選手にとっての最大の勝利とは、自らの弱さに打ち勝つことと、私は考えている。弱い自分自身を認め、だからといって勝負から逃げず、正面から向き合って、もっているものすべてを堂々と出し尽くす―。
長い間の心血を注いだ努力が金メダルという形で報われなかったのは、本当に残念だった。しかしソチでの浅田選手は、金メダルと比較することなどできない、「偉大」と呼んでいい勝利をつかんだのではないだろうか。
ソチが終わり、しばらくすると、人びとの関心は6月のワールドカップに向かっていくことだろう。アルベルト・ザッケローニ監督率いる日本代表は、浅田選手があんなに細い体で見せた「本当の強さ」を、ブラジルの舞台で発揮することができるだろうか。
(2014年2月26日)
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