サッカーの話をしよう
No.979-1 ダニ・アウベスの衝撃(未掲載)
ブラジル人ダニエウ・アウベス・ダ・シウバは、きのう5月6日に31歳になった。職業はサッカー選手。スペインのバルセロナに所属し、通称「ダニ・アウベス」。ポジションは右サイドバックだ。
ブラジル代表72試合は平凡な選手の記録ではない。といってペレやマラドーナといった歴史的な名選手でもない。だがダニ・アウベスの名は、もしかすると、サッカー史のなかで大きく輝く存在になるかもしれない。
4月27日のスペインリーグ、アウェーのビジャレアル戦で、投げ込まれたバナナを拾って皮をむき、ひと口ほおばって平然とCKをけった姿は、世界中に衝撃を与えた。
猿の鳴きまねやバナナの投げ込みなどの人種差別行為は、10年以上前から欧州のスタジアムで繰り返されてきた。欧州社会の急激な国際化により、人種間のあつれきが大きくなった結果だった。
ブラジル北東部のバイア州で生まれ、サルバドールのエスポルチ・クラブでプロになったダニ・アウベスは、2003年、19歳のときにスペインのセビージャに移籍、08年には名門バルセロナの一員となった。その間、たびたび差別行為に悩まされてきたという。
06年にバルセロナのFWエトオ(カメルーン代表)が試合中に観客から受けた差別行為に怒り、自らピッチを去ろうとして大きな事件になった。国際サッカー連盟(FIFA)が差別行為の懲罰規定を大幅に変え、重くしたのは、この事件がきっかけだった。
だが、応援するクラブが無観客試合や勝ち点剝奪といった重大な懲罰を科されても、差別行為は一向になくならない。問題の根源が社会にある以上、サッカー側の対処だけでは根絶は難しい。
そんななかで起こった今回のバナナ事件。ダニ・アウベスの毅然(きぜん)とした態度は、差別行為をする側に大きな衝撃を与えたはずだ。
「投げた人は大恥をかいたに違いない」とダニ・アウベス。
衝撃はそれに止まらない。世界中でたくさんの選手がバナナを食べる写真を流し、ダニ・アウベスへのサポートを表明している。
激怒しても、撲滅運動でも、罰しても、根を絶つことができなかった差別行為。しかしもしかしたら、バナナを食べるという簡単な行為が「コロンブスの卵」のように流れを大きく変える力になるかもしれない。そして、「ダニ・アウベス」の名がサッカー史にペレやマラドーナより大きく記されることになるかもしれない。
(2014年5月7日 未掲載)
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